我孫子高校出身のプロ野球選手一覧表

荒井修光

捕手 我孫子高-早稲田大-日本ハム 1995年 ドラフト2位

千葉県我孫子市出身。我孫子シニア、我孫子高校、早稲田大学を経て、1995年ドラフト2位で日本ハムファイターズに入団。高校3年時に、ピッチャーとして甲子園に出場して2勝をあげる。この時の監督は、実父の荒井致徳であり話題となる。早稲田大学では1年で2勝するが、2年のときに捕手へ転向。東京六大学リーグ通算87試合出場、307打数74安打、打率.241、2本塁打、33打点。ベストナイン1回。プロでは思うような活躍ができず、2003年オフに戦力外通告を受け引退。2004年からは日本球界に復帰した新庄剛志の専属広報、新庄の引退後は選手の肖像権などを管理する球団のマーチャンダイジンググループに配属。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1996 日本ハム 26 21 4 0 2 0 5 .190
1997 27 18 5 0 4 0 4 .278
1998
1999 10 11 4 0 0 0 0 .364
2000
2001 3 2 0 0 0 1 1 .000
2002 15 13 3 0 0 0 5 .231
2003
通算8年 81 65 16 0 6 1 15 .246

和田豊最多安打

我孫子高-日本大-阪神 1984年 ドラフト3位

千葉県松戸市出身。松戸市立常盤平中学校から進んだ我孫子高校では、1年生で夏の甲子園に出場。日本大学へ進学。東都大学1部リーグ通算78試合出場、288打数94安打、打率.326、4本塁打、22打点。ベストナイン2回。1983年春季のリーグでは首位打者になる。1984年のロサンゼルスオリンピック野球日本代表として出場し、金メダルを獲得した。この年、阪神タイガースにドラフト3位で指名され入団。同年限りで引退した藤田平の後継者として期待され、藤田がつけていた背番号6を与えられた。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1985 阪神 39 49 14 0 4 0 3 .286
1986 8 3 1 0 0 0 0 .333
1987 54 53 13 1 2 3 9 .245
1988 127 398 111 1 20 17 51 .279
1989 129 476 141 1 25 18 39 .296
1990 126 496 151 8 36 17 59 .304
1991 129 494 147 0 34 9 48 .298
1992 132 550 153 0 23 1 48 .278
1993 127 511 161 0 36 4 35 .315
1994 130 519 165 2 43 8 40 .318
1995 130 509 136 1 35 4 39 .267
1996 130 520 155 5 44 2 48 .298
1997 96 390 117 2 26 3 44 .300
1998 130 438 119 4 32 1 39 .272
1999 101 334 101 3 23 4 29 .302
2000 88 194 49 1 20 3 16 .253
2001 37 38 5 0 2 0 7 .132
通算17年 1713 5972 1739 29 407 94 554 .291

武藤信二

投手 我孫子高-ロッテ 1978年 ドラフト4位

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否

石原修治

内野手 我孫子高-近鉄 1976年 ドラフト2位

千葉県流山市出身。千葉県立我孫子高から1976年ドラフト2位で近鉄入団。6年目の1982年に1軍初出場し、初本塁打を記録。入団初年度は内野手であったが俊足を評され翌1983年から外野手に転向となる。1987年現役引退。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1977 近鉄
1978
1979
1980
1981
1982 28 20 2 1 4 1 7 .100
1983 13 10 0 0 0 0 2 .000
1984 1 0 0 0 0 0 0
1985 9 1 1 0 0 0 0 1.000
1986 3 1 0 0 0 0 0 .000
1987
通算11年 54 32 3 1 4 1 9 .094

[chiba]