市立船橋高校出身のプロ野球選手一覧表

福元淳史

内野手 市立船橋高-中央大-NOMOベースボールC-巨人 2008年 育成ドラフト4位

千葉県茂原市出身。市立船橋高、中央大時代に派手な活躍はない。大学卒業後に野球を辞めるが、2007年1月にNOMOベースボールクラブに入団。2007年の全日本クラブ野球選手権大会で首位打者を獲得し、敢闘賞を受賞。2008年のドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト4巡目で指名された。11月16日に支度金200万円、年俸240万円で仮契約。2013年、戦力外通告を受けて現役引退。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2009 巨人
2010
2011
2012
ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0
2013 15 36 8 0 4 0 3 .222
通算5年 16 36 8 0 4 0 3 .222

岩崎翔最優秀中継ぎ投手

投手 市立船橋高-ソフトバンク 2007年 高校生ドラフト1位

千葉県船橋市出身。小学校時代は遊撃手で中学1年から投手転向。市立船橋高校では1年秋からベンチ入りし、山崎正貴(オリックス)との二枚看板で活躍。高校3年夏の千葉県予選準々決勝(鎌ヶ谷戦)では7回コールドの参考記録ながら無安打無失点。甲子園に出場し150km/hを計測するなど活躍をみせるがチームは初戦敗退。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2008 ソフトバンク 1 0 0 0 0 3.0 1 9.00
2009 1 0 1 0 0 4.1 1 6.23
2010 6 0 3 0 0 22.1 9 8.06
2011 13 6 2 0 0 79.1 33 2.72
2012 29 5 10 0 3 120.1 77 3.14
2013 47 1 4 2 14 68.2 54 4.33
2014 18 4 1 0 3 62 37 4.06
2015 8 1 0 0 2 10.2 5 6.75
2016 35 4 2 1 9 87.2 61 1.95
2017 71 6 3 2 40 72.1 66 1.99
2018
2019
通算**年

村田和哉

外野手 市立船橋高-中央大-日本ハム 2007年 大学生・社会人ドラフト4位

千葉県流山市出身。市立船橋高校では甲子園出場経験はない。その後東都の中央大学に入学。1年春から出場、秋からレギュラーとなり、常に打率3割台を記録。3年春からチームは2部に降格するが、1部・2部通算で107安打を記録した。1年秋と2年秋にベストナインを獲得。4年時には主将を務めた。2015年はベースボール・チャレンジ・リーグの福島ホープスにて選手兼任コーチとしてプレー。同年10月26日付で退団し現役を引退。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2008 日本ハム 15 34 8 0 1 0 12 .235
2009 44 55 16 0 5 8 9 .291
2010 19 29 6 0 2 0 4 .207
2011 52 22 7 0 1 4 6 .318
2012 15 9 1 0 0 0 3 .111
2013 24 24 8 0 0 3 4 .333
2014 42 58 12 0 1 2 19 .207
通算7年 211 231 58 0 10 17 57 .251

山崎正貴

投手 市立船橋高-オリックス 2007年 高校生ドラフト4位

千葉県船橋市出身。市立船橋高校の1年秋は内野手としてベンチ入りしていたが、2年春に地肩の強さを活かして投手へ転向、最速147キロをマークし、岩嵜翔との2枚看板として活躍する。3年夏には背番号10番で甲子園に出場。文星芸大付属高校戦では4番に座り先発のマウンドに上るも、佐藤祥万の前に0-5で初戦敗退。2013年4月1日にBCリーグの福井ミラクルエレファンツに派遣し、同年12月2日に再び支配下登録されることが発表されたが、翌年の2014年10月1日に球団から戦力外通告を受けた。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2008 オリックス
2009
2010 1 0 0 0 0 1.1 1 20.25
2011
2012
2013 BCリーグ・福井ミラクルエレファンツへ派遣
2014
通算6年 1 0 0 0 0 1.1 1 20.25

林昌範

投手 市立船橋高-巨人 2001年 ドラフト7位

千葉県船橋市出身。小学生の時に飯山満シーホークスで野球を始め、船橋市立七林中学校3年時にはエースで4番を務めた。千葉県総合体育大会で2位に入り、関東大会に出場した。高校は市立船橋高に進学し、大型左腕として評価されたものの、公式戦で足に重度の骨折を負った。2001年のプロ野球ドラフト会議で他球団が指名を回避するなか、読売ジャイアンツから7巡目で指名されて入団。背番号は96。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2002 巨人
2003 15 3 3 0 72.2 87 3.22
2004 25 3 9 0 106.2 91 4.89
2005 54 2 2 18 15 67.0 67 1.61
2006 62 4 4 0 20 56.1 54 2.88
2007 41 2 1 3 13 38.1 42 3.29
2008 11 0 0 0 1 10.2 14 6.75
2009 日本ハム 46 3 2 0 9 46.0 42 3.33
2010 36 2 2 0 14 30.2 25 2.64
2011 5 0 0 0 2 4.0 2 13.50
2012 DeNA 32 0 0 0 4 33.0 26 1.91
2013 14 0 0 0 2 12.0 8 3.00
2014 56 2 2 1 15 40.0 34 3.15
2015 24 1 1 0 4 18.2 10 7.23
2016
2017
通算16年 421 22 26 22 99 536 502 3.49

小笠原孝

投手 市立船橋高-明治大-中日 1998年 ドラフト3位

千葉県船橋市出身。市立船橋高では1993年、春の甲子園に出場し2回戦敗退。夏の甲子園では初戦の三本松高戦で完封勝利するなど、市立船橋高をベスト4に導く。高校卒業後は明治大学に入学し、一学年上の川上憲伸らと共に活躍するが、1997年10月の秋季リーグ戦(対立教大)の9回に乱闘事件が発生すると、その首謀の5選手の一人とされてリーグ戦の残り全試合の謹慎処分を受ける。翌1998年春季リーグ戦は一学年下の木塚敦志らとともにチームの原動力として優勝に貢献。1998年のドラフトで明大の先輩でもある星野仙一が監督を務めていた中日ドラゴンズから3位指名を受けて入団した。2012年10月2日に戦力外通告を受けて現役引退を表明。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1999 中日 2 0 0 0 2.0 1 18.00
2000 8 0 0 0 15.2 14 6.32
2001 23 0 1 0 28.1 28 4.76
2002 30 5 5 0 96.0 80 4.03
2003 11 0 3 0 22.0 21 7.77
2004 22 2 2 0 57.1 52 3.45
2005 5 0 3 0 0 16.0 12 7.31
2006 9 2 2 0 0 38.2 34 3.72
2007 21 6 6 0 1 120.1 97 2.99
2008 26 8 11 0 1 132.0 89 4.70
2009 21 7 2 0 0 118.0 86 3.13
2010 5 1 3 0 0 25.0 8 6.84
2011 1 0 0 0 0 2.2 3 0.00
2012 7 0 2 0 1 18.2 14 5.30
通算14年 191 31 40 0 3 692.2 539 4.20

立石尚行

投手 市立船橋高-NTT関東-日本ハム 1998年 ドラフト3位

千葉県習志野市出身。市立船橋高校からNTTに入社し、NTT関東硬式野球部の一員となる。川崎製鉄千葉(現・JFE東日本)・新日鐵君津(現・市民球団かずさマジック)と共に千葉3強の一角を形成していたチームをエースとして支えた。NTT関東時代は小笠原道大(巨人)ともバッテリーを組んでいた。1998年の日本選手権では、福留孝介を擁する日本生命を決勝で破って優勝。同年のアジア大会日本代表にも選ばれたが、この年限りでNTT関東硬式野球部がNTTグループの統合再編に伴って廃部。これに伴って立石にも転籍話が持ち上がったが、日本ハムからドラフト3位指名を受け、28歳でプロ入りした。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1999 日本ハム 21 1 1 1 46.2 34 5.40
2000 27 9 4 0 112.2 68 4.07
2001 18 3 4 0 55.1 41 6.83
2002 8 0 2 0 10.0 10 6.30
2003 40 0 2 0 58.0 45 4.81
2004 28 4 3 0 76.0 57 3.55
2005 28 5 1 0 7 72.2 47 2.23
2006 11 3 2 0 0 49.2 26 2.72
2007
通算9年 181 25 19 1 7 481.0 328 4.15