博多工業高校からドラフト指名されたプロ野球選手

坂本達也

捕手 博多工業高-富士大-巨人 2024年 育成ドラフト1位

福岡県那珂川市出身。右投右打。博多工業高では1年秋から正捕手となり、2年夏の福岡県大会はベスト16。富士大では2年春から正捕手を務め、3年時の全日本大学野球選手権で14年ぶりのベスト4入りに貢献。大学日本代表候補選考合宿にも参加した。二塁送球タイム1.9秒台前半をコンスタントに記録する守備型捕手。支度金290万円、年俸400万円(金額は推定)で入団合意。背番号は024。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2025 巨人
2026
通算**年

甲斐雄平

外野手 博多工業高-福岡大-阪神 2009年 ドラフト3位

福岡県福岡市出身。右投右打。博多工業高では4番を務め高校通算28本塁打を記録した。福岡大では1年春からレギュラーとなり主将も務め、3年秋に九州六大学野球リーグのMVP・ベストナインに選出された。遠投120メートルの強肩と50メートル6秒の俊足を兼ね備えた外野手。契約金6,000万円、年俸840万円(金額は推定)で入団合意。背番号は44。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2010 阪神
2011
2012
通算3年 一軍公式戦出場なし

入江道生

内野手 博多工業高-電気化学-九州産交-広島 1973年 ドラフト6位

福岡県出身。右投右打。博多工業高では2年春の選抜甲子園に控え内野手として出場し、1回戦で平安高の池田信夫に完封負け。3年春の選抜甲子園では遊撃手として連続出場し、準決勝まで進出した。同期に捕手の今久留主邦明、エースの岩崎清隆がいた。高校卒業後は電気化学を経て九州産交に入社した。背番号は33。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1974 広島 1 1 0 0 0 0 1 .000
1975
1976
通算3年 1 1 0 0 0 0 1 .000

池田善吾

投手 博多工業高-芝浦工大-三菱自動車川崎 1972年 ドラフト5位

福岡県出身。左投左打。博多工業高では1964年春の選抜甲子園で池永正明を擁する下関商業高を降し準決勝に進出する。芝浦工大では1968年秋季東都リーグで7年ぶりの優勝を牽引し、最高殊勲選手・最優秀投手・ベストナインに選出された。三菱自動車川崎では1972年の都市対抗で久慈賞を獲得し、同年のアマチュア野球世界選手権日本代表にも選出、同年のドラフト会議で東映フライヤーズから5位指名を受けたが入団を拒否した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否

岩崎清隆

投手 博多工業高-東映 1969年 ドラフト4位

福岡県福岡市出身。右投右打。博多工業高では捕手の今久留主邦明とバッテリーを組み、1968年春の選抜甲子園で1回戦から登板。1969年春の選抜甲子園では連続出場を果たし準決勝に進出した。同期に遊撃手の入江道生がいた。スライダー・カーブ・シュートが武器の本格派右腕。背番号は35。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1970 東映
日拓
8 0 2 25.1 6 6.84
1971
1972
1973
1974 ヤクルト
通算4年 8 0 2 25.1 6 6.84

今久留主邦明

捕手 博多工業高 1969年 ドラフト9位

福岡県出身。右投右打。父は元西鉄ライオンズの今久留主淳。博多工業高ではエースの岩崎清隆とバッテリーを組み、1969年春の選抜甲子園で準決勝に進出した。同期に遊撃手の入江道生がいた。同年のドラフト会議で巨人から9位指名されるが入団を拒否し、明治大に進学する。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否・明治大へ進学

少弐克也

捕手 博多工業高-電電九州-西鉄 1965年 ドラフト9位

1965年のドラフト会議で西鉄ライオンズからドラフト9位で指名されるが入団を拒否した。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否
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