横浜商大高校からドラフト指名されたプロ野球選手

※1975年、横浜第一商業高から横浜商大高へ校名変更

吉田賢吾

捕手 横浜商大高-桐蔭横浜大-ソフトバンク 2022年 ドラフト6位

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜商大高では1年秋からベンチ入り。高校通算15本塁打。契約金4,000万円、年俸800万円(金額は推定)で入団合意。背番号は64。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2023 ソフトバンク 1 1 0 0 0 0 1 .000
2024 10 26 5 0 2 0 4 .192
2025 日本ハム 47 106 23 4 9 0 20 .217
2026
通算**年

松井淳

外野手 横浜商大高-日大国際関係学部-ヤクルト 2009年 ドラフト5位

神奈川県横浜市出身。右投左打。横浜商大高では甲子園出場はなし。高校通算46本塁打。日本大学国際関係学部では2年春に打率.489で首位打者・ベストナイン・最優秀選手。大学通算5本塁打。契約金3,500万円、年俸800万円で入団合意。背番号は57。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2010 ヤクルト
2011 2 2 0 0 0 0 2 .000
2012 46 143 41 5 15 1 26 .287
2013 11 30 7 0 0 0 8 .233
2014 10 25 6 0 1 0 8 .240
2015 7 12 2 0 0 0 3 .167
2016 2 3 1 0 0 0 0 .333
通算7年 78 215 57 5 16 1 47 .265

中村亘佑

捕手 横浜商大高-広島 2009年 育成ドラフト2位

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜商大高では2年時に主将に指名され4番に座り、3年時の神奈川大会は準々決勝で敗退。高校通算46本塁打の強打と二塁送球1.8秒の強肩が評価された。大会後に広島のプロテストを受験し合格。同年のドラフトで育成2位指名を受けた。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2010 広島
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
通算8年 一軍公式戦出場なし

松山傑

投手 横浜商大高-日本ハム 2007年 高校生ドラフト5位

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜商大高では2年夏の神奈川県予選でベスト4に進出したが、3年春に右肩を負傷。3年夏は5回戦で敗退し甲子園出場はならなかった。最速148km/hを誇る速球でドラフト前のテストに合格し日本ハムに入団した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2008 日本ハム
2009
2010 横浜 5 0 0 0 0 4.0 1 9.00
2011
通算4年 5 0 0 0 0 4.0 1 9.00

田澤純一

投手 横浜商大高-新日本石油ENEOS-レッドソックス 2008年 MLB直接契約

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜商大高では1年夏からベンチ入り。2年次には背番号10で夏の甲子園に出場するも登板はなかった。3年夏は神奈川県予選でベスト4に進出するが、準決勝で涌井秀章を擁する横浜高に大敗した。新日本石油ENEOSでは2008年の都市対抗野球大会で全5試合に登板して4勝を挙げ、大会MVPにあたる橋戸賞を受賞した。日本のプロ野球を経由せずに12球団にドラフト指名を見送るよう求める文書を送付し、レッドソックスとメジャー契約を結んだ初の日本人選手となった。この件は「田澤ルール」制定のきっかけとなった。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2009 レッドソックス 6 2 3 0 0 25.1 13 7.46
2010
2011 3 0 0 0 0 3.0 4 6.00
2012 37 1 1 1 5 44.0 45 1.43
2013 71 5 4 0 25 68.1 72 3.16
2014 71 4 3 0 16 63.0 64 2.86
2015 61 2 7 3 16 58.2 56 4.14
2016 53 3 2 0 16 49.2 54 4.17
2017 マーリンズ 55 3 5 0 9 55.1 38 5.69
2018 22 1 1 0 2 20.0 24 9.00
エンゼルス 9 0 0 0 0 8.0 4 2.25
MLB 10年 388 21 26 4 89 395.1 374 4.12

岩崎達郎

内野手 横浜商大高-新日本石油ENEOS-中日 2006年 大学生・社会人ドラフト5位

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜商大高では高校通算41本塁打。新日本石油ENEOSでは都市対抗に補強選手として出場した。二塁・遊撃全ポジションを守れる守備力が評価され中日に指名。契約金5,000万円(金額は推定)で入団合意。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2007 中日
2008 20 18 1 0 0 1 1 .056
2009 19 11 2 0 0 0 2 .182
2010 78 60 11 1 4 3 13 .183
2011 51 78 17 0 3 0 13 .218
2012 36 20 2 0 1 0 3 .100
2013 楽天 74 101 22 0 12 0 18 .218
2014 56 54 10 0 7 0 12 .185
2015 44 38 10 0 6 0 12 .263
2016
2017 中日 1 1 0 0 0 0 1 .000
通算11年 379 381 75 1 33 4 75 .197

小森孝憲

投手 横浜商大高-東農大生産学部-ヤクルト 2002年 ドラフト9位

東京都出身。右投右打。横浜商大高では3年夏の神奈川大会準決勝で横浜高に大敗し甲子園出場ならず。東農大生物産業学部に進学し、サイドスローの投手として1年春に新人賞・最優秀投手を受賞。4年次も春季リーグ最優秀投手賞を獲得して日本代表候補にも選出された。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2003 ヤクルト
2004
2005
通算3年 一軍公式戦出場なし

斉藤秀光

内野手 横浜商大高-オリックス 1993年 ドラフト3位

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜商大高では1993年夏の甲子園に4番打者として出場した。内野全ポジションをこなせる守備力が評価されてオリックスに指名された。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1994 オリックス
1995
1996 28 11 2 0 0 0 5 .182
1997
1998 6 2 0 0 0 0 0 .000
1999 41 12 1 0 0 0 3 .083
2000 58 22 2 0 2 2 9 .091
2001
2002 阪神 14 41 8 1 4 0 15 .195
2003 4 1 0 0 0 0 0 .000
2004 オリックス 104 233 59 4 26 6 52 .253
2005 楽天 55 90 21 1 8 2 28 .233
2006 ソフトバンク 4 8 1 0 0 0 3 .125
2007 21 13 0 0 1 0 5 .000
2008 横浜 7 6 0 0 0 0 4 .000
2009
通算16年 342 439 94 6 41 10 124 .214

木田勇新人王MVP最多勝最優秀防御率最高勝率最多奪三振

投手 横浜第一商業高-日本鋼管-日本ハム 1979年 ドラフト1位

神奈川県横浜市出身。左投左打。横浜第一商業高では1972年夏の神奈川大会準決勝に進出するも秦野高との一戦に敗れ甲子園出場ならず。日本鋼管では1978年の都市対抗で準優勝・久慈賞を獲得し、同年の世界選手権日本代表にも選出された。1979年ドラフトでは3球団が競合。ルーキーイヤーの1980年に史上初の新人王とMVPの同時受賞を果たした。契約金6,000万円(金額は推定)で入団合意。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1980 日本ハム 40 22 8 4 253.0 225 2.28
1981 28 10 10 0 164.1 104 4.76
1982 32 6 8 1 183.2 123 3.82
1983 21 4 6 0 97.1 59 4.81
1984 32 6 11 0 172.1 109 5.33
1985 28 2 4 0 62.1 57 6.06
1986 大洋 39 8 13 1 171.2 107 3.62
1987 15 0 5 0 37.2 25 7.65
1988 16 1 5 0 57.0 45 5.05
1989 4 1 1 0 4.0 2 9.00
1990 中日 18 0 0 0 9.1 4 7.71
通算11年 273 60 71 6 1212.2 860 4.23

松本隆春

投手 横浜商大高-大洋 1975年 ドラフト3位

1975年のドラフト会議で大洋ホエールズからドラフト3位で指名されて入団する。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1976 大洋
通算1年 一軍公式戦出場なし

内藤博

内野手 横浜第一商業高-日本鋼管-日本ハム 1973年 ドラフト3位

1973年のドラフト会議で日本ハムからドラフト3位指名されるが入団を拒否した。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否

倉持明

投手 横浜第一商業高-日本鋼管-ロッテ 1971年 ドラフト4位

神奈川県横浜市出身。右投右打。横浜第一商業高では1970年夏の神奈川大会決勝に進出するも東海大相模高との一戦に大敗し甲子園出場ならず。1970年ドラフトでヤクルトから指名を受けたが拒否し日本鋼管へ進んだ後、1971年にロッテから再指名を受け2年連続でのドラフト指名を経て入団した。背番号は46。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1972 ロッテ 4 1 0 10.1 2 3.60
1973 2 0 1 4.0 1 9.00
1974 5 1 0 0 14.1 14 3.86
1975 3 0 0 0 4.0 5 2.25
1976 31 2 2 2 64.2 40 2.63
1977 クラウン 8 1 0 0 25.1 12 4.68
1978 15 5 4 0 67.2 29 2.65
1979 ロッテ 33 1 3 6 75.1 38 4.32
1980 39 0 2 18 71.1 50 2.15
1981 40 5 4 11 56.2 37 4.11
1982 9 1 2 3 10.2 5 2.45
1983 ヤクルト 17 0 3 0 26.2 18 4.73
通算12年 206 17 21 40 431.0 251 3.40