中村高校からドラフト指名されたプロ野球選手

山沖之彦最多勝最優秀救援投手

投手 中村高-専修大-阪急 1981年 ドラフト1位

高知県黒潮町出身。右投右打。中村高では3年春の選抜甲子園にエースとして出場し、チームメンバー12名で「二十四の瞳」と称されながら決勝まで勝ち進んだが箕島高に0-3で完封を喫し準優勝にとどまった。専修大では4年秋のリーグ優勝に貢献し最高殊勲選手・最優秀投手・ベストナインに選ばれた。阪急では1987年にはリーグ最多勝を獲得した。背番号は12。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1982 阪急
オリックス
30 7 15 1 163.2 106 3.84
1983 34 15 8 2 233.0 143 3.48
1984 48 11 8 15 131.2 121 4.10
1985 38 7 14 6 139.2 61 4.83
1986 14 1 5 0 52.0 42 5.88
1987 32 19 10 0 245.1 155 2.75
1988 25 7 12 0 142.2 73 4.98
1989 23 11 6 0 124.1 70 5.28
1990 25 13 8 0 182.2 123 3.74
1991 24 9 7 0 155.2 77 3.30
1992 8 4 3 0 56.2 25 3.65
1993 5 1 1 0 28.2 14 1.88
1994 21 7 4 0 108.0 41 4.25
通算13年 327 112 101 24 1764.0 1051 3.92

美口博

投手 中村高-中日 1975年 ドラフト2位

高知県四万十市出身。右投右打。中村高では3年夏の南四国大会・準決勝で鳴門高に試合中の中指の怪我もあって大差で完封負けし甲子園出場を逸した。怪我に泣かされ5年間一軍出場のないまま退団し、引退後は中日新聞社に入社して中日スポーツの紙面レイアウトを担当した。背番号は32。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1976 中日
1977
1978
1979
1980
通算5年 一軍公式戦出場なし

北尾一喜

内野手 中村高-南海 1969年 ドラフト9位

高知県西土佐村出身。右投右打。中村高では遊撃手・主将として3年夏の南四国大会に進出したが初戦で鴨島商業高に敗れた。1969年にドラフト9位で南海に入団したが一軍公式戦出場なく退団した。背番号は38。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1970 南海
1971
通算2年 一軍公式戦出場なし