履正社(大阪福島商)高校出身のプロ野球選手一覧表

中山翔太

内野手 履正社高-法政大-ヤクルト 2018年 ドラフト2位

大阪府大阪市出身。小学校から軟式野球を始め、中学校ではシニアに所属した。履正社高等学校では2年秋からベンチ入りし、3年春に選抜大会に出場し準優勝。法政大学に進学し、4年時の10月には東京六大学秋季リーグ戦で優勝。一塁手として活躍してベストナインに選出。大学通算11本塁打。2018年のドラフト会議でヤクルトから2位指名を受けて11月30日に年俸1300万円で仮契約を結んだ。背番号は8。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2019 ヤクルト
通算**年

宮本丈

内野手 履正社高-奈良学園大-ヤクルト 2017年 ドラフト6位

大阪府豊中市出身。小学2年で軟式野球を始めた。中学時代は遊撃手だったが、高校で三塁手に転向して1年秋からベンチ入り。2年春に続き3年春もセンバツに出場して、2安打を放ったもののチームは1回戦惜敗。大学進学後は遊撃手に再転向し、1年春からレギュラー。その秋のリーグ戦では首位打者とベストナインのタイトルを獲得した。大学通算でベストナイン6度・首位打者3度・MVP1度の記録を残した。4年には大学日本代表にも選出される。2017年のドラフト会議でヤクルトより6位指名。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2018 ヤクルト 26 41 9 0 6 0 11 .220
2019
通算**年

安田尚憲

内野手 履正社高-ロッテ 2017年 ドラフト1位

大阪府吹田市出身。履正社高校では1年秋から主軸。2年春に4番に座ると同年夏には大阪予選大会で25打数13安打2本塁打15打点の成績を残し甲子園大会出場に貢献。甲子園では12打数で4安打を放つもチームは3回戦で敗退した。3年春の選抜大会では17打数7安打で準優勝。夏の大阪府予選では大阪桐蔭との準決勝で敗れ甲子園出場はならなかった。高校通算65本塁打。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2018 ロッテ 17 53 8 1 7 0 20 .151
2019
通算**年

山口裕次郎

投手 履正社高-日本ハム(入団拒否)-JR東日本 2016年 ドラフト6位

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否

寺島成輝

投手 履正社高-ヤクルト 2016年 ドラフト1位

大阪府茨木市出身。箕面ボーイズでは世界少年野球大会優勝。履正社高では1年生からベンチ入り、唯一出場した全国大会である3年夏の甲子園では3回戦まで進出。2016年10月20日のドラフト会議でヤクルトから単独1位指名。背番号は18。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2017 ヤクルト 1 0 0 0 0 3.0 3 15.00
2018 1 0 1 0 0 2.0 2 27.00
2019
通算**年

坂本誠志郎

捕手 履正社高-明治大-阪神 2015年 ドラフト2位

兵庫県養父市出身。養父市立養父中では軟式野球部に所属。履正社高では1年秋から正捕手となり、2年夏から2季連続で甲子園出場。3年春の選抜大会では準決勝まで進出。高校卒業後に明治大へ進学すると、1年春から東京六大学野球のリーグ戦に出場。リーグ戦通算96試合の出場で、打率.231、3本塁打、38打点をマーク。2015年のドラフト会議で阪神から2位で指名。契約金7,000万円、年俸1,200万円という条件で、養父市出身者としては初めてのプロ野球選手になった。背番号は12。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2016 阪神 28 45 9 1 2 0 14 .200
2017 42 113 28 2 17 0 32 .248
2018 15 13 2 0 1 0 7 .154
2019
通算**年

山田哲人MVP本塁打王盗塁王最多安打最高出塁率

内野手 右投右打 履正社高-ヤクルト 2010年 ドラフト1位

兵庫県豊岡市出身。小学校2年生の時に地元、宝塚リトルリーグの外野手として野球を始める。中学校時代はヤングリーグ・兵庫伊丹に所属し主に内野手でプレイしていた。
履正社高校では、1年夏からベンチ入りし、2年夏は二塁手でレギュラー。2年秋から遊撃手のレギュラーとして活躍し、3年春は高い守備力と.435という高打率でチームを引っ張り、大阪大会優勝・近畿大会準優勝。第92回全国高等学校野球選手権大会では1回戦の天理戦で本盗を決め、履正社の夏初勝利に貢献。聖光学院戦では歳内宏明から本塁打を放つもチームは惜敗。2010年のドラフト会議でヤクルトとオリックスから外れ1位の更に外れ1位指名を受け、抽選の結果ヤクルトが交渉権を獲得。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2011 ヤクルト
2012 26 44 11 1 1 0 11 .250
2013 94 350 99 3 26 9 37 .283
2014 143 596 193 29 89 15 95 .324
2015 143 557 183 38 100 34 111 .329
2016 133 481 146 38 102 30 101 .304
2017 143 526 130 24 78 14 132 .247
2018 140 524 165 34 89 33 119 .315
2019
通算**年

土井健大

捕手 履正社高-オリックス 2006年 高校生ドラフト5位

兵庫県芦屋市出身。幼稚園の頃から野球を始め小学校時代は潮見スターズに所属し、中学時代はボーイズリーグの兵庫ミラクルボーイズに所属。履正社高校に進学後は強打の捕手として第78回選抜高等学校野球大会に出場。高校通算43本塁打を放ち、浪速のゴジラと呼ばれた1年先輩の岡田貴弘にちなんで浪速のミニラと呼ばれた。2006年の高校生ドラフト5位でオリックスに指名され入団。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2007 オリックス
2008
2009
2010
2011 巨人
通算5年 一軍公式戦出場なし

岡田貴弘本塁打王

外野手 履正社高-オリックス 2005年 高校生ドラフト1位

大阪府吹田市出身。中学時代はボーイズリーグの箕面スカイラークに所属。高校は自宅から通えるという理由で履正社高等学校に進学。1年夏から4番を打ち、1年時の秋季大阪大会では、近大附高校の鶴直人からバックスクリーン弾を放った。2年夏の大阪大会では、2試合にまたがり5打席連続敬遠されるなど警戒されながら5試合で5本塁打を放った。3年夏は平田良介、辻内崇伸、中田翔らを擁する大阪桐蔭高校と大阪大会準決勝で対戦し、中田翔から9回表にバックスクリーンへの3ラン本塁打を放ったものの敗れる。甲子園出場こそなかったもの、高校通算55本塁打を記録し、松井秀喜の愛称であるゴジラにちなんだ「浪速のゴジラ」とマスコミから呼ばれた。また、岡田は平田、辻内、鶴と併せて「浪速の四天王」とも呼ばれ、この4人は全員1位指名で高卒プロ入りしている。2005年の高校生ドラフト会議で、辻内崇伸の交渉権を抽選で逃したオリックス・バファローズから外れ1位指名を受け入団。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2006 オリックス 3 6 1 0 0 0 3 .167
2007
2008
2009 43 139 22 7 13 0 59 .158
2010 129 461 131 33 96 0 136 .284
2011 134 492 128 16 85 4 116 .260
2012 103 378 106 10 56 4 81 .280
2013 58 189 42 4 18 2 42 .222
2014 130 472 127 24 75 4 107 .269
2015 105 389 109 11 51 2 80 .280
2016 123 454 129 20 76 5 105 .284
2017 143 504 134 31 68 2 141 .266
2018 91 298 67 13 43 2 82 .225
2019
通算**年

岸田護

投手 履正社高-東北福祉大-NTT西日本-オリックス 2005年 大学・社会人ドラフト3位

大阪府吹田市出身。小学校1年から地元の少年野球チーム「高野台バード」で野球を始め、3年生から投手となる。中学校では軟式野球部に所属、履正社高等学校に進学後は硬式野球部に入部し1年生からベンチ入りする。同校は初の甲子園出場を果たしたが、本人の登板機会はなかった。その翌年は第80回記念大会で大阪を北と南に分けて代表校を決めたが、北地区の決勝で久保康友擁する関大一高に敗れ2年連続出場はできなかった。高校卒業後は東北福祉大学を経て社会人野球のNTT西日本に入社、1年目に第75回都市対抗野球大会出場。2005年の第76回都市対抗野球大会出場、社会人野球日本選手権大会準優勝に貢献し、同年秋の大学・社会人ドラフトでオリックスから3位指名を受け入団。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2006 オリックス 6 0 1 0 0 13.1 10 2.70
2007 39 4 3 0 3 126.0 115 2.93
2008 12 4 1 0 1 67.1 58 2.94
2009 19 10 4 0 0 139.1 124 3.10
2010 57 6 5 12 11 104.2 96 3.27
2011 68 5 6 33 0 69.0 74 2.61
2012 52 4 2 18 3 52.0 49 2.42
2013 37 3 2 0 11 46.2 53 2.12
2014 55 4 3 0 12 80.1 67 3.36
2015 50 4 3 0 15 52.2 54 2.56
2016 16 0 0 0 6 13.2 11 7.90
2017 4 0 0 0 0 6.0 4 3.00
2018 17 0 0 0 1 15.1 14 2.35
2019
通算**年

鍋屋道夫

投手 大阪福島商業高-日本楽器-広島 1982年 ドラフト5位

兵庫県西宮市出身。大阪福島商業高から日本楽器を経て1982年ドラフト5位で広島入団。1988年10月に滝口光則と共に高代慎也との交換で日本ハムに移籍。1989年現役引退。1990年より中日打撃投手となる。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1983 広島
1984
1985 2 0 0 0 2.1 2 15.43
1986
1987 1 0 0 0 1.0 2 0.00
1988 3 0 0 0 4.0 2 0.00
1989
通算7年 6 0 0 0 7.1 6 4.91

益山性旭

投手 大阪福島商業高-帝京大-阪神 1976年 ドラフト1位

大阪府出身。大阪福島商業高に在学中の1972年のドラフト会議で大洋から4位指名されるが、これを拒否して帝京大学に進学。ドラフト会議では司会の伊東一雄が益山の漢字を「性はセックスの性」と説明し、会場が爆笑の渦に包まれた。首都大学リーグ通算78試合登板、29勝31敗、防御率1.65、450奪三振。
1976年のドラフト会議で阪神タイガースに1位指名され入団。首都大学野球屈指の左腕というふれこみで入団したが、制球難もありプロではわずか11勝。
1978年7月2日の広島戦で先発し9回1死まであわやノーヒットノーランの投球を見せた。高橋慶彦にヒットを打たれたものの、プロ初完投勝利を挙げている。
1984年に一度は打撃投手に転向したものの、左投手が不足していたというチーム事情もあり1985年に現役復帰し、同年引退。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1977 阪神 28 3 3 0 77.2 65 4.04
1978 45 1 10 0 109.2 67 5.40
1979 34 1 5 1 78.0 51 4.73
1980 4 0 0 0 3.0 2 9.00
1981 19 3 3 0 52.0 30 2.94
1982 29 3 6 0 85.1 45 4.76
1983
1984 打撃投手へ転向、翌年、現役復帰
1985 8 0 0 0 8.1 2 6.48
通算8年 167 11 27 1 414.0 262 4.63