宇部商業高校からドラフト指名されたプロ野球選手

嶋村一輝

内野手 宇部商業高-九州国際大-オリックス 2003年 ドラフト4位

山口県下関市出身。右投右打。宇部商業高では2年夏の甲子園で日大東北高に勝利したが、2回戦で古木克明を擁する豊田大谷高に延長15回の末、サヨナラ負けした。九州国際大では2年春に首位打者・3年秋にMVPを獲得した。オリックスでは二塁手・三塁手・遊撃手・外野手の4ポジションを守るユーティリティ選手。背番号は54。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2004 オリックス 7 18 3 0 0 0 4 .167
2005 2 3 0 0 0 0 3 .000
2006 14 15 1 0 0 0 9 .067
2007
2008 48 139 41 5 20 1 34 .295
2009 58 142 34 3 28 1 53 .239
2010 16 48 11 0 1 1 6 .229
2011 横浜
DeNA
49 58 12 0 6 0 21 .207
2012 56 57 10 0 2 0 21 .175
2013
通算10年 250 480 112 8 57 3 151 .233

上本達之

捕手 宇部商業高-協和醗酵-西武 2002年 ドラフト6位

山口県宇部市出身。右投左打。宇部商業高では1学年下の嶋村一輝とともに1998年の甲子園に出場するが2回戦の豊田大谷高にサヨナラボークで敗れた。協和発酵では都市対抗11年ぶり出場に貢献した。西武では2010年に自己最多となる91試合に出場し、代打打率4割を記録する。背番号は49。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2003 西武
2004
2005 4 7 0 0 0 0 3 .000
2006 4 7 1 0 0 0 3 .143
2007 30 32 6 0 3 0 7 .188
2008 17 14 1 0 0 0 4 .071
2009 58 97 25 4 15 0 22 .258
2010 91 212 56 4 25 2 54 .264
2011 44 69 10 1 7 1 24 .145
2012 74 116 27 2 11 0 31 .233
2013 42 53 8 1 2 0 19 .151
2014 18 27 4 0 2 0 8 .148
2015 6 13 2 0 1 0 2 .154
2016 67 88 27 1 12 0 23 .307
2017 11 10 1 0 0 0 2 .100
通算15年 466 745 168 13 78 3 202 .226

宮内洋

内野手 宇部商業高-住友金属-横浜 1997年 ドラフト5位

山口県防府市出身。右投左打。宇部商業高では1988年夏の甲子園で1年生として代打逆転スリーランを放ち史上初の「代打逆転本塁打」を記録した。高校通算49本塁打。住友金属では1991年の都市対抗でベスト4・若獅子賞を受賞し1996年の日本選手権でMVPを獲得した。背番号は58。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1998 横浜
1999
2000 9 9 1 0 0 0 5 .111
2001 7 6 0 0 0 0 0 .000
通算4年 16 15 1 0 0 0 5 .067

松本隆

捕手 宇部商業高-五大化学-広島 1990年 ドラフト6位

山口県山陽小野田市出身。右投右打。宇部商業高では投手を務め、卒業後は五大化学で捕手へ転向した。プロ1年目の1991年から一軍出場を果たした。引退後は広島のブルペン捕手として長くチームを支えた。背番号は58。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1991 広島 1 1 0 0 0 0 1 .000
1992
1993
1994 1 0 0 0 0 0 0
1995 6 4 0 0 0 0 1 .000
1996 1 1 0 0 0 0 1 .000
1997
通算7年 9 6 0 0 0 0 3 .000

柿田登

外野手 宇部商業高-日本ハム 1976年 ドラフト5位

山口県出身。右投右打。宇部商業高では3年夏の甲子園に3番・左翼手として出場し、1回戦の秋田商業高で本塁打を放った。同年のドラフト会議で日本ハムから5位指名を受けたが入団を拒否し、広島鉄道管理局へ入社した。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否・広島鉄道管理局へ入社

高月敏文

内野手 宇部商業高-東洋紡岩国-広島 1975年 ドラフト6位

山口県宇部市出身。左投左打。宇部商業高では1年上の有田修三とともに2年夏の甲子園に出場した。東洋紡岩国では1975年の都市対抗で協和発酵の補強選手として出場し本塁打を放った。プロ2年目にウエスタン・リーグで打点王を獲得した。背番号は50。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1976 広島 6 11 4 1 2 0 4 .364
1977 10 8 1 1 2 0 4 .125
1978 11 11 2 0 0 0 1 .182
1979
1980 13 13 2 0 1 0 4 .154
1981
通算6年 40 43 9 2 5 0 13 .209

有田修三

捕手 宇部商業高-新日鉄八幡-近鉄 1972年 ドラフト2位

山口県宇部市出身。右投右打。実兄は元広島の有田哲三。宇部商業高では2年夏の甲子園に出場した。新日鉄八幡では都市対抗に3年連続出場した。近鉄ではエース鈴木啓示とのコンビで強気のリード、1975・1976年にダイヤモンドグラブ賞を受賞した。1988年には巨人でカムバック賞を受賞した。入団当初の背番号は24。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1973 近鉄 17 5 1 0 0 0 2 .200
1974 75 79 13 2 7 0 6 .165
1975 112 320 83 7 28 1 30 .259
1976 124 365 96 6 40 1 45 .263
1977 96 234 53 4 24 4 39 .226
1978 114 318 82 10 43 2 44 .258
1979 58 96 26 8 24 0 15 .271
1980 95 204 63 16 37 2 38 .309
1981 95 237 58 7 31 0 49 .245
1982 96 265 59 12 30 4 66 .223
1983 77 185 43 17 33 0 51 .232
1984 72 222 46 14 43 1 45 .207
1985 44 81 21 4 17 0 32 .259
1986 巨人 68 144 31 7 20 1 43 .215
1987 30 37 6 2 5 0 11 .162
1988 74 202 59 12 40 0 37 .292
1989 30 64 15 0 5 0 18 .234
1990 ダイエー 36 33 8 0 3 0 11 .242
1991
通算19年 1313 3091 763 128 430 16 582 .247

松永美隆

投手 宇部商業高-阪神 1972年 ドラフト3位

山口県出身。右投右打。宇部商業高ではエースとして3年春の山口県大会で準決勝・3年夏は山口県大会・準々決勝まで進んだ。1974年9月17日の中日戦で偵察要員として先発に名を連ねるも、投手としては一軍登板できずに引退した。入団当初の背番号は39。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1973 阪神
1974 1 0 0 0 0 0 0
1975
1976
通算4年 1 0 0 0 0 0 0

安田泰一

外野手 宇部商業高-大洋 1967年 ドラフト6位

山口県出身。右投右打。宇部商業高では同期のエース有田哲三を擁して3年夏の山口県大会・準々決勝まで進んだ。大洋では韓国籍のため外国人枠にかかり2年間は未登録、1970年に一軍デビューし同年のジュニアオールスターにも選出された。1972年オフにトレードでロッテに移籍した。入団当初の背番号は65。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1968 大洋
1969
1970 27 34 4 1 3 0 12 .118
1971 32 54 10 1 5 0 5 .185
1972 11 10 2 0 0 0 1 .200
1973 ロッテ 5 7 3 1 2 0 0 .429
通算4年 75 105 19 3 10 0 18 .181

有田哲三

投手 宇部商業高-松下電器-広島 1967年 ドラフト8位

山口県宇部市出身。右投右打。実弟は元近鉄の有田修三。宇部商業高では2年春の選抜甲子園で三原義昭とともに準決勝まで進んだ。1967年のドラフト会議で広島から8位指名を受けたが入団を拒否し、松下電器へ入社する。翌年のドラフト最終期限前に広島へ入団する。カーブを軸にスライダー・フォークを投じる変則的な投法だった。入団当初の背番号は56。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1968年、1年遅れて広島へ入団
1969 広島
1970
1971 4 0 0 4.1 3 2.08
1972 6 1 0 12.1 2 8.03
1973 7 0 0 9.1 6 4.82
通算5年 17 1 0 26.0 11 5.88

玉国光男

内野手 宇部商業高-西鉄 1966年 1次ドラフト9位

山口県出身。宇部商業高では3年春の選抜甲子園に二塁手・主将として出場し準決勝まで進出するが中京商業高に延長15回サヨナラ負けを喫した。同年のドラフトで西鉄から1次ドラフト9位で指名を受けたが入団を拒否した。その後は母校の監督として1985年夏の準優勝・2005年夏のベスト4など多数の甲子園出場を率いた。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否