阪南大高(大鉄)高校からドラフト指名されたプロ野球選手

※1986年、大鉄高から阪南大高へ校名変更

萬谷康平

投手 阪南大高-阪南大-シティライト岡山-ミキハウス-DeNA 2013年 育成ドラフト2位

大阪府大阪市出身。右投左打。中日の平田良介とは、実家が道を挟んで2軒隣にあるという間柄で、同じ少年野球チームに所属していた。阪南大高から阪南大学に進学するが、高校・大学を通じて全国大会への出場経験なし。大学卒業後の2010年にシティライト岡山へ入部。しかし、登板機会に恵まれずに1年限りで退部した。その後、ミキハウスを経て育成選手としてDeNAに入団する。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2014 DeNA 26 1 1 0 4 27.2 23 3.58
2015 4 1 0 0 0 6.0 4 1.50
2016
通算3年 30 2 1 0 4 33.2 27 3.21

前川恭兵

投手 阪南大高-西武 2010年 ドラフト4位

大阪府藤井寺市出身。右投右打。阪南大高では1年夏から公式戦に登板し、2年秋は大阪府大会ベスト16。3年夏は右肘の怪我の影響で登板機会がないままチームが敗退した。長身から角度のある最速145km/hのストレートを武器とする。契約金3,000万円、年俸600万円(金額は推定)で入団合意。背番号は69。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2011 西武
2012
2013
2014
2015
通算5年 一軍公式戦出場なし

岩本勉

投手 阪南大高-日本ハム 1989年 ドラフト2位

大阪府八尾市出身。右投右打。阪南大高では複数のプロスカウトが視察に来る注目選手だったが、後輩部員が起こした傷害事件の影響で3年夏の大阪府大会は出場を辞退する不運に見舞われた。1989年のドラフト会議で日本ハムから2位指名を受け入団。契約金5,000万円、年俸480万円(金額は推定)。日本ハムでは通算3度の開幕投手を務めた90年代のエース。「まいど!」のヒーローインタビューが名物だった。背番号は20。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1990 日本ハム
1991 5 0 0 0 9.0 2 2.00
1992
1993
1994 9 0 2 0 21.0 10 5.14
1995 29 5 7 0 132.0 113 3.07
1996 27 10 9 0 176.0 144 3.99
1997 27 7 6 3 114.0 75 4.74
1998 27 11 8 0 181.2 110 4.11
1999 27 13 11 0 189.0 158 3.81
2000 24 6 12 0 155.1 98 5.21
2001 22 7 12 0 143.0 94 4.91
2002 4 1 2 0 17.0 12 6.88
2003 17 0 2 0 26.2 17 6.41
2004 11 1 6 0 57.0 36 6.16
2005 10 2 2 0 0 22.2 16 5.96
通算16年 239 63 79 3 0 1244.1 885 4.44

山田勉

外野手 大鉄高-松下電器-南海 1980年 ドラフト4位

大阪府大阪市出身。右投右打。大鉄高では一番打者・遊撃手として3年夏の大阪府大会・決勝に進むが、PL学園高に惜敗する。高校同期に4番・中堅手の山村勝彦がいた。松下電器に進み、1980年のドラフト会議で南海から4位指名を受け入団。1985年にはウエスタン・リーグの首位打者を獲得した。背番号は45。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1981 南海
1982 2 4 1 0 0 0 1 .250
1983 18 21 5 0 2 1 4 .238
1984 83 45 7 1 3 8 7 .156
1985 75 98 29 3 10 9 12 .296
1986 33 93 23 2 5 2 16 .247
1987 87 162 45 2 11 0 24 .278
1988 75 87 21 0 3 2 14 .241
1989 広島 18 23 4 0 1 0 4 .174
1990
通算10年 391 533 135 8 35 22 82 .253

山村勝彦

外野手 大鉄高-クラウン 1976年 ドラフト6位

大阪府出身。右投右打。兄は元太平洋の山村善則。大鉄高では4番・中堅手として3年夏の大阪府大会・決勝に進むがPL学園高に惜敗する。高校同期に1番・遊撃手の山田勉がいる。1976年のドラフト会議でクラウンから6位指名を受け入団。3年間一軍出場のないまま1980年限りで引退した。背番号は51。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1977 クラウン
西武
1978
1979
1980
通算4年 一軍公式戦出場なし

山村善則

内野手 大鉄高-太平洋 1973年 ドラフト1位

大阪府和泉市出身。右投右打。弟は元クラウンの山村勝彦。大鉄高では3年夏の大阪府大会・準々決勝で北陽高に敗退する。「有藤通世2世」の評価を受け、1973年のドラフト会議で太平洋クラブから1位指名を受け入団。1982年のキャンプイン直前に南海へ移籍した。背番号は33。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1974 太平洋
クラウン
西武
1975 32 29 8 3 5 0 4 .276
1976 112 326 73 6 26 3 44 .224
1977 88 200 43 0 18 0 27 .215
1978 104 316 91 13 41 3 26 .288
1979 122 386 104 11 49 4 45 .269
1980 59 129 27 5 13 0 20 .209
1981 84 166 50 4 26 2 18 .301
1982 南海
ダイエー
49 108 28 1 8 0 14 .259
1983 108 296 87 6 32 3 33 .294
1984 53 84 18 1 10 0 5 .214
1985 77 178 44 7 25 2 36 .247
1986 115 333 86 7 34 1 71 .258
1987 100 244 62 5 26 1 35 .254
1988 46 84 16 1 5 0 18 .190
1989 4 7 2 0 0 1 2 .286
通算16年 1153 2886 739 70 318 20 398 .256

奥田直也

投手 大鉄高-ロッテ 1971年 ドラフト12位

大阪府出身。右投右打。大鉄高では3年春の選抜甲子園に出場する。甲子園では主力投手の相次ぐ故障で先発に回り、決勝で日大三高に敗れるが準優勝を果たす。1971年のドラフト会議でロッテから12位指名を受け入団。背番号は50。1973年シーズン途中に中日へトレード移籍した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1972 ロッテ
1973 2 0 0 1.1 1 0.00
中日 5 0 0 7.2 1 2.25
1974 1 0 0 0 1.0 0 9.00
通算3年 8 0 0 0 10.0 2 2.70

高橋二三男

外野手 大鉄高-全鐘紡-富士製鐵広畑-新日本製鐵広畑-西鉄 1970年 ドラフト1位

大阪府八尾市出身。左投左打。大鉄高では2年夏に1学年上の福本豊とともに甲子園に出場するが、1回戦で秋田高に延長13回サヨナラ負けを喫した。富士製鐵広畑を経て1970年のドラフト会議で西鉄から1位指名を受け入団。1971年は新人ながら主に1番打者として22盗塁を記録、新人王投票でも皆川康夫に次ぐ票を集めた。背番号は1。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1971 西鉄
太平洋
118 365 91 1 8 22 29 .249
1972 102 212 54 1 12 7 18 .255
1973
1974 113 261 59 4 18 12 23 .226
1975 29 31 6 0 1 1 5 .194
1976 ロッテ 54 80 19 1 4 1 12 .238
1977 60 72 19 0 8 2 6 .264
1978 15 30 7 0 0 0 2 .233
1979
通算9年 491 1051 255 7 51 45 95 .243

田中末一

外野手 大鉄高-阪急 1969年 ドラフト4位

大阪府松原市出身。右投右打。大鉄高では3年夏の大阪府大会・準決勝で浪商高に敗退し甲子園出場はならなかったが、攻守走の三拍子そろった選手として各球団から注目を集めていた。1969年のドラフト会議で阪急から4位指名を受け入団。1971年には一軍初出場でジュニアオールスターにも選出された。背番号は54。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1970 阪急
1971 1 1 0 0 0 0 0 .000
1972
1973
1974 2 5 0 0 0 0 3 .000
通算5年 3 6 0 0 0 0 3 .000

福本豊野球殿堂MVP盗塁王

外野手 大鉄高-松下電器-阪急 1968年 ドラフト7位

※桃色はNPB歴代記録

大阪府東大阪市出身。左投左打。大鉄高では1年下の高橋二三男とともに3年夏の甲子園に出場する。松下電器では後輩の加藤秀司を視察に来たスカウトの目に留まり、1968年のドラフト会議で阪急から7位指名を受け入団。通算1,065盗塁はMLBのリッキー・ヘンダーソンに更新されるまでの世界記録であり、現在もNPB記録。盗塁王を13回獲得し、ゴールデングラブ賞も歴代最多の12回受賞。2002年に野球殿堂入り。背番号は40。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1969 阪急 38 39 11 2 4 4 6 .282
1970 127 423 116 8 41 75 71 .274
1971 117 426 118 10 45 67 49 .277
1972 122 472 142 14 40 106 69 .301
1973 123 497 152 13 54 95 56 .306
1974 129 477 156 8 52 94 57 .327
1975 130 491 127 10 51 63 74 .259
1976 129 489 138 8 46 62 66 .282
1977 130 541 165 16 54 61 74 .305
1978 130 526 171 8 34 70 65 .325
1979 128 493 142 17 67 60 63 .288
1980 128 517 166 21 58 54 64 .321
1981 130 495 142 14 48 54 65 .287
1982 127 476 144 15 56 54 46 .303
1983 130 493 141 10 59 55 40 .286
1984 130 488 126 9 41 36 41 .258
1985 130 425 122 11 51 23 40 .287
1986 130 454 120 8 29 23 55 .264
1987 101 349 100 5 33 6 35 .287
1988 92 174 44 1 21 3 18 .253
通算20年 2401 8745 2543 208 884 1065 1054 .291

半田実

投手 大鉄高-近鉄 1968年 ドラフト8位

大阪府出身。右投右打。大鉄高では大阪府下屈指の右の本格派投手として知られたが、2年秋の大阪府大会・準決勝で岸和田高に0-1で惜敗、3年夏も大阪府大会・4回戦で浪商高に敗れ甲子園には届かなかった。1968年のドラフト会議で近鉄から8位指名を受け入団。背番号は41。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1969 近鉄
1970 24 1 5 57.0 24 4.42
1971 23 1 0 49.0 19 3.49
1972 2 0 0 2.0 1 13.50
1973
1974
通算6年 49 2 5 108.0 44 4.17

山田豊彦

投手 大鉄高-サンケイ 1965年 ドラフト6位

大鉄高では同期の福本豊とともに3年夏の甲子園に出場する。1965年のドラフト会議でサンケイから6位指名を受けたが入団を拒否し、近畿大に進学した。大学卒業後は電電近畿でプレーした。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否・近畿大へ進学
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