清水桜が丘高校からドラフト指名されたプロ野球選手

2013年、市立清水商業高と庵原高が統合して清水桜が丘高が開校

加藤康介

投手 市立清水商業高-日本大-ロッテ 2000年 ドラフト2位(逆指名)

静岡県清水市出身。左投左打。市立清水商業では3年夏の静岡県大会・1回戦で大乱調を喫して敗退。日本大では東都大学1部リーグ通算42試合登板・8勝7敗・防御率3.15を記録し、シドニー五輪日本代表候補としてロッテの鹿児島キャンプに参加したことがきっかけで逆指名でロッテへ入団。大学の同期に尾形佳紀・下窪陽介、2学年下に館山昌平・村田修一らがいた。背番号は28。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2001 ロッテ 34 9 10 0 140.0 109 4.11
2002 32 11 15 0 159.0 148 4.58
2003 7 1 5 0 24.2 12 8.33
2004 2 0 1 0 5.1 5 16.88
2005 9 2 3 0 0 40.2 30 3.76
2006 10 1 3 0 1 25.1 26 5.33
2007 オリックス 2 0 2 0 0 11.0 11 4.09
2008
2009 横浜 31 1 0 0 13 29.1 37 3.68
2010 49 0 2 0 7 27.2 23 7.81
2011 阪神 4 0 0 0 0 2.2 3 10.13
2012 41 0 0 0 7 32.2 34 0.83
2013 61 1 2 1 16 50.1 54 1.97
2014 32 3 0 0 10 23.2 15 4.56
2015 6 0 0 0 0 2.1 2 11.57
通算15年 320 29 43 1 54 574.2 509 4.42

杉山知隆

投手 市立清水商業高-専修大-東芝-大洋 1972年 ドラフト2位

静岡県清水市出身。右投右打。市立清水商業高では3年夏の静岡県大会・準々決勝まで進んだが静岡商業高に敗れた。専修大を経て東芝に進み1972年のドラフト会議で大洋から2位指名を受けてプロ入り。「円月投法」とも呼ばれた独特のフォームからの速球と落差のあるカーブを武器とした。1977年にはオールスターに選出。1978年に日本ハムへトレード移籍し、1979年に自己最多の11勝を挙げた。背番号は21。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1973 大洋
1974 2 0 0 0 5.0 8 7.20
1975 28 2 4 1 67.0 68 4.16
1976 40 4 4 0 58.0 51 5.43
1977 49 9 10 4 173.1 125 4.79
1978 日本ハム 26 9 6 0 134.0 65 4.03
1979 31 11 17 0 186.2 120 4.72
1980 18 4 1 0 47.1 36 4.21
1981 22 1 6 1 69.0 56 5.22
通算9年 216 40 48 6 740.1 529 4.65
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