学法石川高校からドラフト指名されたプロ野球選手

大栄利哉

捕手 学法石川高-楽天 2025年 ドラフト4位

福島県いわき市出身。右投左打。石川義塾中では軟式野球部で捕手。学法石川高では1年秋にベンチ入りし4番を任される。2年春の選抜甲子園に出場、3年夏は福島大会4強。3年時は主将を務めた。2024年のWBSC U-18ワールドカップ日本代表に選出され、チームの準優勝に貢献。強肩と広角に打ち分ける打撃が持ち味で高校通算13本塁打。契約金3,500万円、年俸550万円で入団合意。背番号は72。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2026 楽天
通算**年

福尾遥真

内野手 学法石川高-西武 2024年 育成ドラフト6位

千葉県市原市出身。右投左打。中学卒業後は福島県の学法石川高に進学し、1年秋からメンバー入り。3年春の選抜甲子園の1回戦では優勝校・健大高崎高戦で4打数3安打の活躍を見せた。3年夏の福島県大会は5試合で打率.625を記録。俊足と堅実な遊撃守備・ミート力が持ち味。目標の選手は西武の源田壮亮。支度金350万円、年俸280万円(金額は推定)で入団合意。背番号は138。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2025 西武
2026
通算**年

黒川凱星

内野手 学法石川高-ロッテ 2022年 育成ドラフト4位

千葉県千葉市出身。右投右打。小学校6年時に千葉ロッテマリーンズジュニアに所属し、ベスト4進出に貢献。中学時代は京葉ボーイズの主将として日本一に貢献した。学法石川高では1年秋から8番遊撃手としてレギュラーを獲得し、2年秋からは主将も務めた。春夏通じて甲子園出場経験はなし。千葉ロッテジュニア出身者では池田来翔以来2人目のマリーンズ入団選手。支度金300万円、年俸230万円で入団合意。背番号は130。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2023 ロッテ
2024
2025
通算3年 一軍公式戦出場なし

尾形崇斗

投手 学法石川高-ソフトバンク 2017年 育成ドラフト1位

宮城県富谷市出身。右投左打。学法石川高では1年夏からベンチ入り、2年秋にはエースとなる。3年春の春季福島大会では最速147km/hを記録して注目を集める。3年夏の福島大会では準々決勝に進出するが日大東北高に5対4で敗れた。支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で入団合意。背番号は120。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2018 ソフトバンク
2019
2020 1 0 0 0 0 1.0 2 27.00
2021 8 0 0 0 0 10.1 9 0.87
2022 9 1 0 0 0 11.1 11 5.56
2023 12 0 1 0 0 18.0 15 4.00
2024 12 2 0 0 5 11.2 15 2.31
2025 38 1 1 0 5 34.2 41 4.67
2026
通算**年

川越英隆

投手 学法石川高-青山学院大-日産自動車-オリックス 1998年 ドラフト2位

神奈川県相模原市出身。右投右打。福島県の学法石川高に野球留学し、3年時の春夏の甲子園に連続出場を果たすが共に2回戦敗退。青山学院大ではリーグ通算20試合の登板で3勝2敗、防御率3.11に終わり一時は野球を辞めようと考えた。日産自動車では第69回都市対抗野球大会で後藤光尊擁する川崎製鉄千葉を下して優勝し、最優秀選手賞にあたる橋戸賞を獲得。プロ1年目の1999年は11勝8完投、防御率2.85と好成績を挙げたが、同期の松坂大輔が16勝で新人王は逃した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1999 オリックス 26 11 8 0 177.0 134 2.85
2000 15 8 6 0 92.2 71 3.79
2001 14 1 5 0 69.2 46 6.07
2002 34 3 15 0 117.0 71 4.92
2003 7 0 3 0 34.0 18 4.76
2004 22 7 9 0 144.2 91 4.17
2005 24 6 8 0 0 132.2 89 3.66
2006 24 9 9 0 0 163.1 74 3.14
2007 24 4 7 0 0 129.1 75 5.22
2008 51 2 3 0 13 74.1 52 4.00
2009 24 0 1 0 1 31.2 17 4.83
2010 ロッテ 15 3 2 0 0 29.1 14 7.36
2011 18 0 0 0 2 19.2 15 1.37
通算13年 298 54 76 0 16 1215.1 767 4.10

諸積兼司

外野手 学法石川高-法政大-日立製作所-ロッテ 1993年 ドラフト5位

福島県いわき市出身。右投左打。学法石川高では1986年夏、1987年春の甲子園に連続出場。2年夏の甲子園は長谷川滋利擁する東洋大姫路高に敗れた。高校の同期に伊藤博康、作山和英がいる。法政大では4年春に首位打者・盗塁王を獲得し、2季連続でベストナインに選出された。日立製作所では1年目から首位打者・新人賞、2年目は都市対抗でチームMVP獲得&社会人野球年間ベストナインに選出された。現役引退後は千葉ロッテのコーチ、スカウトを歴任している。背番号は00。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1994 ロッテ 4 6 1 0 0 0 2 .167
1995 97 362 105 1 20 24 67 .290
1996 112 316 80 0 11 15 79 .253
1997 111 299 78 0 13 12 56 .261
1998 103 190 53 0 18 4 22 .279
1999 124 432 121 2 33 10 74 .280
2000 117 354 96 1 24 8 58 .271
2001 67 141 25 0 5 3 23 .177
2002 125 322 81 2 16 18 63 .252
2003 46 84 18 0 6 4 16 .214
2004 97 86 23 1 2 4 20 .267
2005 87 32 8 0 3 1 7 .250
2006 20 4 2 0 2 0 1 .500
通算13年 1110 2628 691 7 153 103 488 .263

伊藤博康

外野手 学法石川高-東北福祉大-巨人 1991年 ドラフト4位

福島県相馬市出身。右投右打。学法石川高時代は2年夏、3年春と甲子園に連続出場。高校の同期に諸積兼司と作山和英がいた。東北福祉大では4年次に主将を務め、春に最多打点・最多本塁打のタイトルを獲得し、全日本大学野球選手権で大学初優勝に貢献。秋はベストナインに選出された。同年の日米大学野球でMVPを獲得している。プロ入り1年目の1992年にはレギュラー陣の故障で緊急スタメン1番ライトに抜擢され、5打数3安打の活躍を見せた。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1992 巨人 9 19 4 0 0 0 5 .211
1993
1994
1995
1996 ダイエー
1997
通算6年 9 19 4 0 0 0 5 .211

作山和英

投手 学法石川高-東北福祉大-ダイエー 1991年 ドラフト2位

福島県相馬市出身。右投右打。学法石川高では2年時の1986年夏の甲子園に控え投手として出場し、長谷川滋利擁する東洋大姫路高に初戦敗退。3年時の1987年春の選抜にも先発出場するが池田高に敗れた。高校の同期に伊藤博康、諸積兼司がいた。東北福祉大では1991年の全日本大学野球選手権で決勝の関大戦を延長17回の末に投げ抜いて優勝投手に。大学同期には斎藤隆、金本知憲、浜名千広らがいた。4年春にベストナインに選出された。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1992 ダイエー 9 0 1 0 8.1 2 8.64
1993
通算2年 9 0 1 0 8.1 2 8.64

松井達徳

外野手 学法石川高-法政大-日産自動車-中日 1989年 ドラフト4位

福島県出身。左投左打。学法石川高を経て法政大に進学。東京六大学リーグで在学中に4回の優勝を経験し、1986年秋季リーグでは打率2位でベストナイン(一塁手)を受賞。リーグ通算82試合出場、打率.288、5本塁打、40打点。大学卒業後は日産自動車に入社、外野手に転向して1988年から都市対抗野球に2年連続出場。1989年の第9回インターコンチネンタルカップ日本代表に選出され、大会ではキューバに次ぐ準優勝、首位打者を獲得した。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1990 中日 33 81 22 2 7 1 17 .272
1991 18 23 3 0 0 0 8 .130
1992 16 39 10 2 4 0 10 .256
1993 32 88 28 1 9 0 14 .318
1994 44 68 15 0 5 0 18 .221
1995 26 53 13 1 3 0 9 .245
1996 17 23 4 0 0 1 4 .174
1997
1998 阪神 1 1 0 0 0 0 1 .000
1999
通算10年 187 376 95 6 28 2 81 .253

長谷川達栄

投手 学法石川高-日本ハム 1982年 ドラフト6位

福島県南会津郡只見町出身。右投右打。学法石川高時代は2本柱の投手陣の一角として活躍するも、3年夏の福島大会では準優勝に終わり甲子園出場はならなかった。アンダースローからの速球で押してくるタイプの投手で、変化球はカーブ・シュート・シンカーを持っていた。契約金1,500万円で入団合意。一軍登板を果たすことなく打者転向の話もあったが、1985年限りで現役を引退した。引退後は家業の農場を継ぐ。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1983 日本ハム
1984
1985
通算3年 一軍公式戦出場なし

遠藤一彦沢村賞最多勝最多奪三振

投手 学法石川高-東海大-大洋 1977年 ドラフト3位

福島県西白河郡西郷村出身。右投右打。学法石川高では2年夏に中堅手兼控え投手として夏の甲子園予選東北大会決勝に進出するも東北高に敗れる。3年時はエース・4番打者として福島大会決勝に進むが双葉高に1-2で惜敗、甲子園出場はならなかった。東海大工学部建築学科に進学、後輩に原辰徳がいた。大学通算47試合登板・28勝5敗・防御率1.11・200奪三振を記録。1976年には全日本大学選手権で優勝を経験。長身から投げ下ろす速球と角度のあるフォークボールが武器で、大洋のエースとして活躍した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1978 大洋 11 1 0 0 23.2 18 4.50
1979 47 12 12 8 203.1 165 3.81
1980 54 5 5 16 105.0 108 3.17
1981 35 8 11 2 135.1 96 3.93
1982 38 14 17 1 243.2 177 3.06
1983 36 18 9 3 238.1 186 2.87
1984 38 17 17 0 276.2 208 3.68
1985 28 14 7 0 214.1 154 3.15
1986 31 13 13 0 233.0 185 3.01
1987 23 14 7 0 181.1 107 2.88
1988 23 5 12 0 109.2 67 4.76
1989 19 2 8 0 89.0 69 6.17
1990 45 6 6 21 70.2 55 2.17
1991 19 2 2 7 25.0 18 5.76
1992 13 3 2 0 59.1 41 4.10
通算15年 460 134 128 58 2208.1 1654 3.49

近藤重雄

投手 学法石川高-日本コロムビア-ロッテ 1971年 ドラフト5位

右投げ投手。学法石川高を卒業後は日本コロムビアに入社。1964年の第35回都市対抗野球大会では決勝まで進出し、日本通運の田中章と投げ合うが惜敗、準優勝に終わったが大会での活躍が認められ久慈賞を受賞した。コーチも兼任しつつチームの中心選手として活動していたが、会社の業績悪化で野球部休部が決定し、1971年のドラフト5位でロッテに入団した。指名時の年齢は29歳1ヶ月で当時のドラフト史上最高齢記録。入団時点で既に結婚して1女の父だった。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1972 ロッテ 29 2 3 59.0 30 4.58
1973 41 6 4 81.1 26 3.56
1974 37 2 2 2 58.2 28 4.12
通算3年 107 10 9 2 199.0 84 4.03