向上高校からドラフト指名されたプロ野球選手

飯田琉斗

投手 向上高-横浜商科大-ENEOS-ヤクルト 2025年 ドラフト7位

神奈川県横浜市出身。右投右打。向上高では3年夏の神奈川県大会5回戦で東海大相模高を延長10回まで3安打11奪三振1失点に抑える熱投を見せベスト16。横浜商科大では1年春からリーグ戦に登板し、2年春に154km/hを計測。4年時に主将を務めアジア大学選手権日本代表にも選出された。ENEOSでは2024年の社会人野球日本選手権で最速155km/hを記録、2025年の都市対抗予選では3試合連続でパーフェクト投球。契約金2,500万円+出来高1,500万円、年俸800万円(金額は推定)で入団合意。背番号は61。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2026 ヤクルト
通算**年

鈴木翔天

投手 向上高-富士大-楽天 2018年 ドラフト8位

神奈川県横浜市出身。左投左打。向上高では2年夏にレフト兼ピッチャーでベンチ入り。3年夏の神奈川県大会では決勝戦で東海大相模高に敗れて準優勝。契約金2,500万円、年俸700万円(金額は推定)で入団合意。背番号は56。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2019 楽天
2020 2 0 0 0 0 1.1 1 13.50
2021 5 0 0 0 0 4.1 5 0.00
2022 38 1 3 0 7 38.0 35 4.03
2023 61 1 1 1 22 43.2 47 3.30
2024 49 2 0 1 24 48.2 48 1.66
2025 46 2 4 5 19 42.0 52 2.36
2026
通算**年

安斉雄虎

投手 向上高-横浜 2009年 ドラフト3位

神奈川県座間市出身。右投右打。向上高では高校1年生から投手に専念するも2年生までは無名の控え投手だった。3年時の神奈川県春季大会・4回戦で東海大相模高を8回1失点に抑え2対1でチームをベスト8入りに導き一躍脚光を浴びた最速153km/h右腕。2011年は登録名を「雄虎」に変更。2011年4月に右肘を疲労骨折し、その後制球が定まらず2013年オフに戦力外。契約金4,500万円、年俸500万円(金額は推定)で入団合意。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2010 横浜
2011
2012
2013
通算4年 一軍公式戦出場なし

三橋直樹

投手 向上高-関東学院大-日産自動車-横浜 2005年 大学生・社会人ドラフト4位

神奈川県厚木市出身。右投右打。小学生の頃から同じクラスで仲の良かった館山昌平(元ヤクルト)とともに軟式野球を始め、中学校でも軟式野球部に所属。向上高校から関東学院大学へ進み、4年時は全日本大学野球選手権ベスト4。日産自動車入社後、2003年に社会人野球日本選手権で優勝、2005年には同期の梵英心(元広島)と共に都市対抗野球準優勝を果たし自身も2勝をあげて優秀選手に選出された。140km/h台の直球と鋭いスライダー、チェンジアップを武器とする。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2006 横浜 9 2 1 0 0 29.1 9 3.99
2007 15 2 4 0 2 49.0 28 4.04
2008 12 0 0 0 1 15.1 7 9.39
2009
通算4年 36 4 5 0 3 93.2 44 4.90

鶴見信彦

内野手 向上高-三菱自動車川崎-阪神 1988年 ドラフト2位

神奈川県相模原市出身。右投左打。向上高の3年夏は同期の高橋智、大塚義樹らとともに神奈川県大会・決勝に進出するが桐蔭学園高に敗れて甲子園出場はならなかった。1985年に三菱自動車川崎に入社し、1986年から3年連続で都市対抗野球に出場。1988年ドラフト2位で阪神から指名を受けるが、会社からプロ入りを拒否されたため交渉が難航し年末にようやく合意。1991年にトレードで巨人へ移籍。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1989 阪神
1990
1991 巨人
通算3年 一軍公式戦出場なし

大塚義樹

捕手 向上高-南海 1984年 ドラフト3位

神奈川県相模原市出身。右投右打。向上高では同期の高橋智とバッテリーを組む。同期に鶴見信彦がいた。1990年にはMLBの1A・サリナス・スパーズに野球留学。南海では香川伸行や吉田博之ら有力捕手がいたため7年間で25試合の出場に留まり、1991年オフに新浦壽夫との交換トレードで横浜大洋に移籍。1994年終盤に代打で2打席連続本塁打を記録、1995年には34試合出場して秋元宏作や谷繁元信との正捕手争いに加わった。引退後は1997年から2010年まで北海道日本ハムのブルペン捕手を務めた。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1985 南海
ダイエー
1986 4 10 2 0 0 0 4 .200
1987
1988
1989 1 2 0 0 0 0 0 .000
1990 17 42 15 3 7 0 7 .357
1991 3 2 0 0 0 0 1 .000
1992 大洋
横浜
1 3 0 0 0 0 1 .000
1993
1994 4 4 2 2 5 0 0 .500
1995 34 36 7 2 9 0 10 .194
1996 4 4 0 0 0 0 1 .000
通算12年 68 103 26 7 21 0 24 .252

高橋智

外野手 向上高-阪急 1984年 ドラフト4位

神奈川県横浜市泉区出身。右投右打。向上高では投手兼一塁手として同期の大塚義樹(4番・捕手)と活躍し、3年夏の神奈川県大会・決勝に進むも桐蔭学園高に6-9で敗退。阪急に投手として入団後、1986年オフに水谷実雄コーチの勧めで打者転向。1991年23本塁打、1992年には自己最多29本塁打、月間MVPと外野手としてベストナインを受賞。日本人選手で初めてピアスをしたと言われる。1998年オフに松元秀一郎との交換トレードでヤクルトへ移籍後、1999年16本塁打で復活。2002年台湾でプレー後現役引退。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1985 阪急
オリックス
1986
1987 28 54 15 4 9 0 23 .278
1988 21 55 14 1 4 0 16 .255
1989 17 12 3 0 0 1 1 .250
1990 26 50 10 2 7 2 15 .200
1991 123 413 101 23 67 7 93 .245
1992 127 465 138 29 78 3 118 .297
1993 97 370 93 11 48 6 86 .251
1994 76 254 66 5 42 1 63 .260
1995 50 126 33 5 14 1 31 .262
1996 85 236 68 9 30 0 47 .288
1997 65 153 32 5 17 0 38 .209
1998 6 11 2 0 0 0 7 .182
1999 ヤクルト 91 256 75 16 43 1 70 .293
2000 98 288 82 13 44 2 72 .285
2001 35 34 5 1 5 0 14 .147
通算17年 945 2777 737 124 408 24 694 .265

中川明仁

投手 向上高-ヤクルト 1981年 ドラフト3位

神奈川県出身。右投右打。向上高から1981年ドラフト3位でヤクルトスワローズに入団。オーバースローからのカーブとシュートが武器。プロ4年目の1985年10月14日の対大洋戦(神宮)で一軍初登板を果たすも、それ以降の一軍登板はなく1987年に現役引退。引退後はレンタルビデオ店を経営し、現在は栃木県のスポーツDEPOでアドバイザリースタッフを務める。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1982 ヤクルト
1983
1984
1985 4 0 1 0 9.0 2 5.00
1986
1987
通算6年 4 0 1 0 9.0 2 5.00

瓜生秀文

投手 向上高-東映 1969年 ドラフト7位

神奈川県小田原市出身。右投右打。177cm/70kg。向上高ではエースとして1968年の秋季関東大会神奈川県予選・決勝に進むが鎌倉学園高に大敗、1969年夏の甲子園県予選も準々決勝で桜丘高に惜敗し甲子園出場はならなかった。1970年には12試合に登板、4月に初先発も結果を残せず1971年限りで引退。伸びのあるストレートと大きく落ちるカーブが武器の本格派投手。引退後はスカウトを務めた。契約金300万円、年俸80万円(金額は推定)で入団合意。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1970 東映 12 0 1 23.2 7 9.38
1971
通算2年 12 0 1 23.2 7 9.38