成東高校出身のプロ野球選手一覧表

押尾健一

投手 成東高-ヤクルト 1989年 ドラフト4位

成東高校3年時、投打に活躍し成東高校を初の甲子園出場を導く。1989年のドラフト会議でヤクルトから4位指名を受け入団。9年目の1998年に一軍初登板。翌年現役引退して打撃投手に転向。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1990 ヤクルト
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998 2 0 0 0 2.0 3 4.50
1999
通算10年 2 0 0 0 2.0 3 4.50

鈴木孝政最優秀防御率最多セーブ最優秀救援投手

投手 成東高-中日 1972年 ドラフト1位

成東高校では1年生からエースになる。高校時代から速球投手として知られたが、強豪・銚子商に阻まれ、甲子園には出場できなかった。1972年にドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。150km台の伸びのある快速球を武器に、ロングリリーフもこなす救援投手として活躍。1977年にはリリーフ専業でありながら自己最高の18勝を挙げ、最優秀救援投手のタイトルも獲得した。リリーフ投手ながら3年間連続(1975~77年)で規定投球回数まで投げ続け、肘を痛めてしまう。そして1982年からは先発に専念、この年9勝を挙げてリーグ優勝に貢献。直球の緩急で勝負するなど技巧派投手へ転向。1984年に16勝を挙げカムバック賞を獲得。「バッターはごまかせても、ボールはごまかせない」と名言を残し現役を引退。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1973 中日 1 0 0 1.0 0 0.00
1974 35 4 2 2 64.0 53 3.52
1975 67 9 8 21 148.1 117 2.98
1976 60 7 8 26 148.1 118 2.98
1977 57 18 9 9 170.0 131 3.76
1978 32 10 3 9 82.0 46 2.09
1979 24 1 0 9 44.2 33 3.00
1980 35 4 3 12 55.2 36 2.73
1981 48 6 8 8 76.0 43 3.20
1982 40 9 7 0 133.0 56 3.11
1983 24 7 4 0 130.2 48 3.65
1984 28 16 8 0 168.0 60 4.07
1985 28 8 12 0 158.1 66 4.15
1986 26 9 9 0 162.2 78 3.15
1987 30 9 6 0 130.0 60 4.50
1988 27 4 3 0 54.2 34 3.13
1989 24 3 4 0 61.0 27 4.72
通算17年 586 124 94 96 1788.1 1006 3.49

青木康彰

外野手 成東高-広島 1972年 ドラフト6位

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否

中村勝広

成東高-早稲田大-阪神 1971年 ドラフト2位

成東高校から早稲田大学へ進学。東京六大学リーグではリーグ通算52試合出場し172打数51安打、4本塁打、33打点、打率.297。1971年のドラフト2位で阪神タイガースに入団。早大では主将を務め、プロ入り当時から将来の阪神指導者を嘱望された。
1年目から頭角を現し3年目の1974年には引退した安藤統男に代わり正二塁手となる。以降1978年まで正二塁手の座に座り、堅実な守備で1970年代のチームを支えた。また、1978年に残したシーズン守備率.995は当時の日本記録。1981年からコーチ兼任。1982年限りで現役引退、コーチ退任。引退後は阪神、オリックスで監督を務める。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1972 阪神 81 177 31 3 9 4 37 .175
1973 74 162 33 2 9 3 39 .204
1974 112 307 71 11 34 8 65 .231
1975 130 475 133 16 43 12 72 .280
1976 128 469 123 13 35 17 83 .262
1977 119 388 94 12 27 15 67 .242
1978 103 320 80 11 30 15 48 .250
1979 61 189 53 5 21 0 19 .280
1980 71 108 25 3 9 0 17 .231
1981 30 15 1 0 1 0 4 .067
1982 30 25 4 0 1 0 5 .160
通算11年 939 2635 648 76 219 74 456 .246

鵜沢達雄

投手 成東高-大洋 1970年 ドラフト4位

成東高時代には対市原高戦でノーヒットノーランを達成。70年夏は東関東大会まで進んだが、決勝で銚子商に敗れて甲子園出場できず。同年ドラフト4位で大洋に入団。1976年7月23日、読売ジャイアンツの王貞治に通算700号本塁打を打たれた投手である。1978年オフ、西武に移籍。元中日ドラゴンズの鈴木孝政は高校の2年後輩。縦のカーブ、ストレートに力がある速球主体の投手だったが制球力に苦しんだ。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1971 大洋
1972 32 5 4 58.0 47 4.19
1973 2 0 1 3.0 0 15.00
1974 11 1 1 0 19.1 19 3.79
1975 12 0 1 1 30.0 25 4.50
1976 13 0 0 0 16.1 12 5.06
1977 12 1 2 0 25.1 13 5.04
1978
1979 西武 2 0 2 0 2.2 3 6.00
1980
通算10年 84 7 11 1 154.2 119 4.65

大木勝年

投手 成東高-早稲田大-ヤクルト 1970年 ドラフト16位

成東高校から早稲田大学へ進学。東京六大学リーグ通算17試合登板、4勝4敗。1970年秋季の東大戦で9連続奪三振のリーグ記録を樹立。1970年ドラフト会議でヤクルトアトムズから16位指名を受け入団。アンダースロー投手。1974年に引退。引退後はフロント入り。2010年3月、株主総会と取締役会を経て常務に昇格。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1971 ヤクルト 5 0 0 5.1 2 1.80
1972 15 1 0 20.1 9 4.95
1973
1974
通算4年 20 1 0 25.2 11 4.15

藤田康夫

投手 成東高-東京 1968年 ドラフト11位

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否

[chiba]