成東高校からドラフト指名されたプロ野球選手

押尾健一

投手 成東高-ヤクルト 1989年 ドラフト4位

千葉県横芝光町出身。右投右打。成東高では3年夏の千葉県大会・全7試合を一人で投げきって71奪三振・7失点。投打に活躍して成東高を初の甲子園出場へ導く。1989年のドラフト会議でヤクルトから4位指名を受け、契約金4,000万円、年俸420万円(金額は推定)で入団合意。背番号は63。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1990 ヤクルト
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998 2 0 0 0 2.0 3 4.50
1999
通算10年 2 0 0 0 2.0 3 4.50

鈴木孝政最優秀防御率最多セーブ最優秀救援投手

投手 成東高-中日 1972年 ドラフト1位

千葉県蓮沼村出身。右投右打。成東高では1年秋からエースとなり、2年夏は東関東大会・準決勝に進出。3年夏は銚子商業高との準決勝で完封負けを喫し、甲子園出場はならなかった。1972年にドラフト1位で中日に入団する。契約金1,000万円、年俸180万円(金額は推定)で入団合意。背番号は14。快速球を武器に救援投手として活躍。1977年にリリーフ専業で自己最高の18勝・最優秀救援投手のタイトルを獲得した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1973 中日 1 0 0 1.0 0 0.00
1974 35 4 2 2 64.0 53 3.52
1975 67 9 8 21 148.1 117 2.98
1976 60 7 8 26 148.1 118 2.98
1977 57 18 9 9 170.0 131 3.76
1978 32 10 3 9 82.0 46 2.09
1979 24 1 0 9 44.2 33 3.00
1980 35 4 3 12 55.2 36 2.73
1981 48 6 8 8 76.0 43 3.20
1982 40 9 7 0 133.0 56 3.11
1983 24 7 4 0 130.2 48 3.65
1984 28 16 8 0 168.0 60 4.07
1985 28 8 12 0 158.1 66 4.15
1986 26 9 9 0 162.2 78 3.15
1987 30 9 6 0 130.0 60 4.50
1988 27 4 3 0 54.2 34 3.13
1989 24 3 4 0 61.0 27 4.72
通算17年 586 124 94 96 1788.1 1006 3.49

青木康彰

外野手 成東高 1972年 ドラフト6位

1972年のドラフト会議で広島カープからドラフト6位で指名されるが入団を拒否し、専修大へ進学した。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否・専修大へ進学

中村勝広

成東高-早稲田大-阪神 1971年 ドラフト2位

千葉県九十九里町出身。右投右打。成東高では遊撃手・3番打者として1学年下に藤田康夫がいた。早稲田大では主将を務め、リーグ通算打率.297。阪神では1年目からオールスターに出場し、1974年から二塁手に定着。1975年には全試合出場で自己最多の16本塁打を記録した。1978年のシーズン守備率.995は当時の日本記録。引退後は阪神・オリックスで監督・GMを歴任した。入団当初の背番号は14。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1972 阪神 81 177 31 3 9 4 37 .175
1973 74 162 33 2 9 3 39 .204
1974 112 307 71 11 34 8 65 .231
1975 130 475 133 16 43 12 72 .280
1976 128 469 123 13 35 17 83 .262
1977 119 388 94 12 27 15 67 .242
1978 103 320 80 11 30 15 48 .250
1979 61 189 53 5 21 0 19 .280
1980 71 108 25 3 9 0 17 .231
1981 30 15 1 0 1 0 4 .067
1982 30 25 4 0 1 0 5 .160
通算11年 939 2635 648 76 219 74 456 .246

鵜沢達雄

投手 成東高-大洋 1970年 ドラフト4位

千葉県東金市出身。右投右打。成東高では市原高を相手にノーヒットノーランを達成。3年夏は東関東大会まで進んだが、決勝で銚子商業高に敗れて甲子園出場できず。同年ドラフト4位で大洋に入団。1976年7月23日、読売ジャイアンツの王貞治に通算700号本塁打を打たれた投手である。ストレートに力がある速球主体の投手だったが制球力に苦しんだ。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1971 大洋
1972 32 5 4 58.0 47 4.19
1973 2 0 1 3.0 0 15.00
1974 11 1 1 0 19.1 19 3.79
1975 12 0 1 1 30.0 25 4.50
1976 13 0 0 0 16.1 12 5.06
1977 12 1 2 0 25.1 13 5.04
1978
1979 西武 2 0 2 0 2.2 3 6.00
1980
通算10年 84 7 11 1 154.2 119 4.65

大木勝年

投手 成東高-早稲田大-ヤクルト 1970年 ドラフト16位

千葉県東金市出身。右投右打。成東高から早稲田大へ進学。東京六大学リーグ通算17試合登板、4勝4敗。1970年秋季の東大戦で9連続奪三振のリーグ記録を樹立。1970年のドラフト会議でヤクルトアトムズから16位指名を受け入団。アンダースロー投手。引退後はフロント入り。2010年3月、株主総会と取締役会を経て常務に昇格。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1971 ヤクルト 5 0 0 5.1 2 1.80
1972 15 1 0 20.1 9 4.95
1973
1974
通算4年 20 1 0 25.2 11 4.15

藤田康夫

投手 成東高 1968年 ドラフト11位

千葉県成東町出身。左投左打。成東高では1学年上に中村勝広がおり、3年夏の千葉県大会・準々決勝で木更津中央高に敗退した。1968年ドラフト会議でロッテオリオンズにドラフト11位で指名を受けるが入団を拒否し、中央大へ進学した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否・中央大へ進学
千葉県の高校一覧
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