沖縄水産高校からドラフト指名されたプロ野球選手

大城祐二

外野手 沖縄水産高-TDK千曲川-阪神 2006年 大学生・社会人ドラフト5位

沖縄県豊見城市出身。右投両打。沖縄水産高からTDK千曲川に進み、2005年には都市対抗野球大会、社会人野球日本選手権大会に出場し、選手権予選では1試合5盗塁を決めるなど活躍。俊足のスイッチヒッター、かつ内外野の守備をこなすユーティリティープレイヤーであることが評価され、2006年の大学生・社会人ドラフト5位で阪神タイガースに指名され入団。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2007 阪神
2008
2009
2010
2011 ソフトバンク
通算5年 一軍公式戦出場なし

相原勝幸

投手 沖縄水産高-富士大-ロッテ 2005年 大学生・社会人ドラフト6位

埼玉県上里町出身。右投右打。母親が沖縄出身であり、沖縄水産高の練習を訪れた際に栽弘義に誘われて野球留学を決断した。3年夏はチームベスト4進出も本人の公式戦出場はなかった。富士大では北東北大学野球リーグ通算16勝6敗を記録し、上下手どちらでも投げられる触れ込みでプロ入り。背番号は53。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2006 ロッテ 1 0 0 0 0 2.0 0 9.00
2007
2008 4 0 0 0 0 5.0 2 5.40
2009
2010 2 0 0 0 0 2.1 3 11.57
通算5年 7 0 0 0 0 9.1 5 7.71

稲嶺誉

内野手 沖縄水産高-東農大生産学部-ダイエー 2002年 ドラフト8位

沖縄県糸満市出身。右投左打。沖縄水産高では新垣渚とともに1998年の春夏連続甲子園出場を果たした。東京農大生物産業学部では1年からレギュラーを務め、北海道六大学リーグで首位打者3回・ベストナイン6回を受賞。通算打率.385・40盗塁を記録した。横浜ベイスターズの稲嶺茂夫は従兄。背番号は60。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
2003 ダイエー
ソフトバンク
2 8 2 0 0 1 3 .250
2004 13 24 3 0 1 0 12 .125
2005 41 45 10 0 4 5 10 .222
2006 26 56 11 0 4 1 11 .196
2007 10 9 0 0 0 1 3 .000
通算5年 92 142 26 0 9 8 39 .183

徳元敏

投手 沖縄水産高-東農大生産学部-オリックス 1998年 ドラフト5位

沖縄県糸満市出身。右投左打。沖縄水産高から東京農大生物産業学部へ進学。4年春秋にMVPを受賞し、4年春の大学選手権では初戦で延長12回完投勝利を果たした。サイドスロー気味のアンダーハンドから繰り出すスライダー・シュートが武器の技巧派。背番号は40。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1999 オリックス 35 0 5 1 48.2 23 5.92
2000 4 0 0 0 6.0 2 1.50
2001 4 0 0 0 8.0 6 6.75
2002 29 1 4 0 67.1 29 3.34
2003 26 1 3 0 68.1 32 6.72
2004 12 1 2 1 28.2 25 5.02
2005 楽天 8 0 0 0 0 8.2 1 8.31
2006 28 3 1 0 5 26.1 10 1.37
2007 2 0 0 0 0 0.2 0 13.50
通算9年 148 6 15 2 5 262.2 128 4.93

新垣渚最多奪三振

投手 沖縄水産高-九州共立大-ダイエー 2002年 ドラフト自由枠

沖縄県那覇市出身。右投右打。沖縄水産高では1998年の春夏連続甲子園出場を果たし、全国大会史上初の151km/hを計測した。1998年のドラフトでオリックスが1位指名するも入団拒否して進学した。九州共立大ではリーグ通算23勝5敗・防御率1.03を記録。プロ入り後、2004年に最多奪三振タイトルを獲得。背番号は18。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2003 ダイエー
ソフトバンク
18 8 7 0 121.1 132 3.34
2004 25 11 8 0 192.1 177 3.28
2005 22 10 6 0 0 136.2 130 4.61
2006 23 13 5 0 0 155.1 151 3.01
2007 21 7 10 0 0 137.1 132 3.60
2008 15 4 6 0 0 92.2 105 4.18
2009 4 0 2 0 0 19.1 15 7.91
2010
2011
2012 15 6 5 0 0 78.2 56 4.58
2013 5 1 1 0 0 22.2 13 5.56
2014 ヤクルト 3 0 2 0 0 8.0 6 7.88
2015 15 3 10 0 0 83.1 70 4.64
2016 6 1 2 0 0 29.2 23 6.67
通算14年 172 64 64 0 0 1077.1 1010 3.99

平良幸一

投手 沖縄水産高-沖縄電力-西武 1997年 ドラフト7位

沖縄県宮古島市出身。左投左打。沖縄水産高では3年春の九州大会で準優勝し、1988年の夏の甲子園ではエースで5番打者としてチームのベスト4進出に貢献した。沖縄電力では補強選手として都市対抗野球を3回経験し、1997年には三菱重工長崎の補強で2試合先発した。背番号は55。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1998 西武
1999 2 0 0 0 2.2 1 0.00
2000
通算3年 2 0 0 0 2.2 1 0.00

新里紹也

内野手 沖縄水産高-沖縄電力-ダイエー 1996年 ドラフト7位

沖縄県読谷村出身。右投右打。沖縄水産高では1990年の夏の甲子園に出場し準優勝を果たした。卒業後は沖縄電力に入社し入団テストを経てプロ入り。沖縄の社会人チーム出身者としては安仁屋宗八以来のプロ入りだった。1998年には小久保裕紀の故障などにより一軍に定着し68試合に出場した。背番号は65。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1997 ダイエー
1998 68 82 18 0 6 5 23 .220
1999 7 1 0 0 0 0 0 .000
2000
2001 近鉄 23 39 9 0 3 0 10 .231
通算5年 98 122 27 0 9 5 33 .221

大野倫

外野手 沖縄水産高-九州共立大-巨人 1995年 ドラフト5位

沖縄県うるま市出身。右投右打。沖縄水産高では2年夏の甲子園で南竜次を擁する天理高に0-1と惜敗したが、沖縄県勢として初の準優勝を果たす。3年夏はエースとして甲子園の決勝まで6試合すべてを完投し打線を支えたが、大阪桐蔭高との決勝で敗れ、2年連続の準優勝。右肘疲労骨折を押しての773球は選手権の規定見直しのきっかけとなった。九州共立大では主将を務め外野手としてリーグ通算18本塁打を記録した。背番号は43。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1996 巨人
1997 2 4 1 0 0 0 2 .250
1998
1999 11 13 2 0 0 0 5 .154
2000 5 5 1 1 1 0 0 .200
2001 ダイエー 6 9 1 0 1 0 4 .111
2002
通算7年 24 31 5 1 2 0 11 .161

伊礼忠彦

外野手 沖縄水産高-九州共立大-中日 1992年 ドラフト5位

沖縄県石垣市出身。右投右打。沖縄水産高では1987年夏・1988年夏と2度甲子園に出場し、1988年大会では本塁打2本を放った。高校の1学年上には後にプロでも同僚となる上原晃がいた。九州共立大では首位打者1回・打点王2回・盗塁王1回・ベストナイン3回・日米大学野球日本代表にも選出された。背番号は36。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1993 中日
1994 6 3 1 0 0 0 1 .333
1995
通算3年 6 3 1 0 0 0 1 .333

上原晃

投手 沖縄水産高-中日 1987年 ドラフト3位

沖縄県宜野湾市出身。右投右打。沖縄水産高では甲子園に4回出場し、1987年夏は函館大有斗の盛田幸妃に投げ勝った。「オキナワの星」として注目され阪神から1位指名が噂されたが、1987年のドラフトで中日が3位で強行指名。星野仙一監督の説得を受けて入団した。1988年はプロ初年度から24試合に登板し防御率2.35と活躍した。背番号は17。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1988 中日 24 3 2 1 46.0 31 2.35
1989 22 4 5 0 76.2 59 4.46
1990 13 2 5 0 43.1 41 6.85
1991 46 8 4 0 76.1 75 4.48
1992 16 0 3 0 32.1 26 8.91
1993 13 1 2 0 20.1 13 3.54
1994
1995 3 1 0 0 13.2 3 2.63
1996 1 0 0 0 1.0 1 18.00
1997 広島
1998 ヤクルト
通算11年 138 19 21 1 310.0 249 4.85

島袋修

捕手 沖縄水産高-八幡大-阪急 1986年 ドラフト5位

沖縄県糸満市出身。右投右打。沖縄水産高時代は強肩の捕手として知られ、1学年下の比嘉良智とバッテリーを組んだ。八幡大では1年からレギュラーを務め1986年に春秋ベストナインを受賞。100m走11秒6・遠投100mの俊足強肩が評価されてプロ入りし、1年目の1987年から一軍に出場を果たした。背番号は55。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1987 阪急
オリックス
4 2 0 0 0 0 1 .000
1988
1989
1990 7 0 0 0 0 0 0
1991
通算5年 11 2 0 0 0 0 1 .000

比嘉良智

投手 沖縄水産高-ロッテ 1983年 ドラフト1位

沖縄県那覇市出身。右投右打。沖縄水産高では仲田幸司を擁する興南高に3度も敗れ甲子園出場を逃した。快速球に大小2種のカーブやスライダーなど多彩な球種が武器で高校通算30本塁打も記録した。1983年のドラフト会議でロッテから1位指名を受け、沖縄県出身選手として初のドラフト1位指名となった。背番号は52。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1984 ロッテ
1985
1986 1 0 0 0 3.0 2 0.00
1987
通算4年 1 0 0 0 3.0 2 0.00