1997年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1997年のドラフト会議は、夏の甲子園の準優勝投手・川口知哉投手(平安高)をオリックス、近鉄、ヤクルト、横浜の4球団が競合指名し、オリックスが交渉権を獲得する。また2位指名で仙台育英の新沼慎二捕手をヤクルト、横浜、日本ハムの3球団が指 ...
1996年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1996年のドラフト会議はアトランタオリンピックに出場した銀メダルメンバーに注目が集まる。銀メダルメンバーの主力として活躍した井口忠仁内野手、今岡誠内野手、谷佳知外野手、松中信彦外野手らは上位で指名される。
1995年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1995年のドラフト会議から1球団・最大10人以内だった指名人数が8人以内に変更される。中日か巨人を希望していた福留孝介内野手(PL学園高)に対し、巨人、中日だけでなく、ヤクルト、近鉄、日本ハム、ロッテ、オリックスも指名し、計7球団が ...
1994年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1994年のドラフト会議は紀田彰一内野手(横浜高)が中日と横浜から、嘉勢敏弘投手(北陽高)を近鉄とオリックスが競合指名し、それぞれ横浜とオリックスが交渉権を獲得した。また駒澤大に合格し進学が決まっていた城島健司捕手(別府大付高)をダイ ...
1993年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1993年のドラフト会議では、1978年以降では初めて重複指名選手がなく「抽選なし」の年になった。この年のドラフト会議では千葉ロッテにとって、福浦和也、大塚明、小野晋吾、諸積兼司といった後の主力選手を多く指名できた当たり年となる。また ...
1992年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1992年のドラフト会議はバルセロナオリンピックが行われた年で、出場した伊藤智仁投手、小桧山雅仁投手らが上位で指名される。伊藤智仁投手は広島、オリックス、ヤクルトの3球団が競合指名し、ヤクルトが交渉権を獲得した。また松井秀喜内野手(星 ...
1991年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1991年のドラフト会議では、在京セ・リーグ球団を希望していた若田部健一投手(駒澤大)を、巨人、広島、西武、ダイエーの4球団が競合指名し、ダイエーが交渉権を獲得する。また、斎藤隆投手(東北福祉大)を中日と大洋が競合指名し、大洋が交渉権 ...
1990年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1990年のドラフト会議は昨年の野茂英雄に続き、小池秀郎投手(亜細亜大)に最多タイの8球団の指名が集まった。交渉権はロッテが引き当てるが指名を拒否して松下電器に進む。また昨年のダイエー1位指名を拒否し、ハワイで浪人生活を送ってい元木大 ...
1989年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1989年のドラフト会議は、注目の目玉となった野茂英雄投手(新日本製鐵堺)に、近鉄、オリックス、日本ハム、ロッテ、大洋、阪神、ヤクルト、ダイエーと1979年ドラフトの岡田彰布や1985年ドラフトの清原和博の6球団競合を上回る、史上最多 ...
1988年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1988年のドラフト会議では、西武がドラフト1位で渡辺智男を指名。渡辺智男は伊野商業高で3年前のセンバツ出場し、準決勝でKKコンビ率いるPL学園と対戦し、清原を3三振するなど勝利し、そのまま全国制覇したエース。社会人に進んだ後は、15 ...
1987年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1987年のドラフト会議では長嶋茂雄の長男・長嶋一茂内野手に注目が集まり、ヤクルトと大洋とのくじ引きの結果、ヤクルトが交渉権を獲得した。また、春夏の甲子園連覇を達成したPL学園からは立浪和義(中日1位)、橋本清(巨人1位)、野村弘(大 ...
1986年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1986年のドラフト会議は、1988年に開催されるオリンピックの日本代表選考に伴い、多くの有力選手が指名凍結となり、この影響から「不作の年」と表現される程の前評判だった。ドラフト1位では、近藤真一投手(享栄高)に5球団が指名があり、中 ...
1985年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1985年のドラフト会議は、甲子園を沸せたPL学園のKKコンビ(清原和博・桑田真澄)に注目が集まった。巨人への入団を希望する清原に対して6球団の指名が重複し、抽選の結果、西武が交渉権を獲得した。桑田は早稲田大への進学を志望していたため ...
1984年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1984年のドラフト会議は、明治大の広沢克己と竹田光訓に3球団が重複指名となり、終戦の結果、広沢はヤクルトは交渉権を獲得し、竹田は大洋が交渉権を獲得した。また、高校生投手5人が1位指名を受けプロ入りしたが、プロでは白井孝幸が通算1勝を ...
1983年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1983年のドラフト会議では東海大の高野光投手に注目が集まり、4球団の重複指名となり抽選の結果、ヤクルトが交渉権を獲得した。他のドラフト1位では、創価高の小野和義投手に3球団、東芝の川端順投手に2球団の重複指名となり、抽選の結果、小野 ...
1982年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1982年のドラフト会議では、甲子園のスターとなった早稲田実業高の荒木大輔投手が注目を集めた。高野は巨人とヤクルトから指名を受け、ヤクルトが交渉権を獲得した。立教大の野口裕美投手と法政大の田中富生は3球団の重複指名となり、野口は西武、 ...
1981年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1981年のドラフト会議は、西武は伊東勤の素質を見抜き、囲い込みをしてドラフト1位で指名した。また、ドラフト1位の評価を得ていた工藤公康投手(名古屋電気高)は熊谷組への内定が決まっていたが、西武がドラフト6位で強行指名する。交渉は難航 ...
1980年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1980年のドラフト会議は名選手が多く生まれる豊作の年となった。その中でも原辰徳、石毛宏典、竹本由紀夫の三人が御三家と呼ばれ、注目を集めた。原辰徳は4球団が1位指名し、抽選により巨人へ入団。
1979年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1979年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1979年のドラフト会議は岡田彰布内野手(早稲田大)に注目が集まり、6球団が競合した結果、相思相愛の阪神が交渉権を獲得した。木田勇投手(日本鋼管)は、巨人と日本ハムが入札して日本ハムが交 ...
1978年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1978年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1978年のドラフト会議から指名できる選手数が1球団4人以内となった。ドラフト会議の前日に江川卓投手が巨人と入団契約を行う江川事件が発生する。江川事件に対してセ・リーグ会長の鈴木龍二は江 ...
1977年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1977年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1977年のドラフト会議では、巨人入りを希望した江川卓投手(法政大)に対してクラウンはドラフト1位で強行指名するが、江川は入団を拒否する。過去にドラフト指名を4度拒否してきた藤沢公也投手 ...
1976年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1976年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1976年のドラフト会議では、東海大への進学を決めていた東海大相模の注目コンビ、原辰徳と津末英明はプロ入りを拒否。強行指名する球団はなかった。また、夏の甲子園で注目を集めたサッシーこと酒 ...
1975年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1975年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1975年のドラフト会議では、甲子園で活躍した後に肋膜炎で入院していた篠塚利夫(銚子商業高)を当時の監督・長嶋茂雄がスカウトの反対を押し切りドラフト1位で指名した。また、駒大三羽ガラスと ...
1974年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1974年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1974年のドラフト会議は山口高志投手は阪急がドラフト1位で指名した。甲子園で人気を博した定岡正二投手(鹿児島実業高)は、巨人がドラフト1位で指名。夏の甲子園で優勝投手となった土屋正勝( ...
1973年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1973年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1973年のドラフト会議では、阪急ブレーブスが江川卓(作新学院高)をドラフト1位で指名するが入団を拒否して法政大へ進学する。六大学野球で人気をあつめた山下大輔(慶應義塾大)は大洋がドラフ ...
1972年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1972年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1972年のドラフト会議は、大学生No.1と評価された山口高志(関西大)が松下電器に内定しており、入団拒否の姿勢は変わらなかった。172cmと小柄ながら社会人No.1投手と評価された新美 ...
1971年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1971年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1971年のドラフト会議では東京六大学で実力・人気共にNo.1と言われたの松下勝実(慶應義塾大)がプロ入りを拒否したため、全球団が指名を回避した。ヤクルトにドラフト3位で指名された尾崎健 ...
1970年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表
1970年ドラフト会議 ドラフト指名選手一覧表。1970年のドラフト会議では、高校三羽ガラスと呼ばれた島本講平(箕島高)、湯口敏彦(岐阜短大付高)、佐伯和司(広陵高)の3投手に注目が集まり、南海が島本、巨人が湯口、広島が佐伯をドラフト ...
