鳴門高校からドラフト指名されたプロ野球選手

中山晶量

投手 鳴門高-明治大-徳島インディゴソックス-日本ハム 2022年 育成ドラフト2位

徳島県徳島市出身。右投右打。鳴門高では1年夏から3年連続で甲子園に出場。投手だけでなく外野手としても活躍し、3年夏の甲子園はベスト8。エースは同級生の河野竜生。明治大では森下暢仁や入江大生ら好投手が揃う中、故障に悩まされリーグ戦での登板は大学4年間で6イニングにとどまりドラフト指名漏れとなった。徳島インディゴソックスでは4勝4敗・防御率2.73の好成績を残した。契約金300万円、年俸260万円(金額は推定)で入団合意。背番号は126。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2023 日本ハム
2024
2025
通算3年 一軍公式戦出場なし

河野竜生最優秀中継ぎ

投手 鳴門高-JFE西日本-日本ハム 2019年 ドラフト1位

徳島県鳴門市出身。左投左打。鳴門高では夏の甲子園に3年連続出場し、3年夏のベスト8が最高成績。同級生には後に日本ハムでもチームメイトとなる中山晶量がいた。JFE西日本では3年間都市対抗に出場し、2018年の日本選手権は決勝で2試合連続完封を含む好投でチームを準優勝に導いた。自己最速は社会人時代の151km/h。契約金1億円、出来高5,000万円、年俸1,500万円(金額は推定)で入団合意。背番号は28。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2020 日本ハム 12 3 5 0 0 60.1 43 5.07
2021 40 3 6 0 9 90.1 68 2.99
2022 21 0 2 1 1 34.2 25 4.41
2023 50 1 4 0 20 42.1 35 1.70
2024 52 1 4 0 33 42.1 33 2.13
2025 32 2 0 0 18 26.2 21 4.05
2026
通算**年

板東湧梧

投手 鳴門高-JR東日本-ソフトバンク 2018年 ドラフト4位

徳島県鳴門市出身。右投右打。鳴門高では甲子園に4度出場した。高校時代はプロ球団からの評価は高くなく、JR東日本入り後に身体づくりと投球術を磨き評価を高めた。都市対抗野球では制球力と緩急を駆使した投球でスカウト陣の注目を集めた。ストレートの最速は154km/h。フォークを最大の武器とする。契約金6,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)で入団合意。背番号は50。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2019 ソフトバンク
2020 15 2 2 0 2 31.2 29 2.56
2021 44 0 2 1 16 39.1 41 2.52
2022 25 3 3 0 3 62.1 48 3.18
2023 30 5 4 0 1 83.0 58 3.04
2024
2025
2026 巨人
通算**年

富永一

投手 鳴門高-アークバリアドリームクラブ-徳島インディゴソックス-広島 2011年 育成ドラフト1位

徳島県鳴門市出身。右投右打。鳴門高では3年夏の徳島県大会でベスト8。高校卒業後はクラブチームのアークバリアドリームクラブに3年間所属した後、徳島インディゴソックスに入団。1年目にチームの守護神として30試合に登板し18セーブを挙げ最多セーブのタイトルを獲得、防御率1.20を記録した。最速147km/hのストレートとスライダーが武器。支度金300万円、年俸300万円(金額は推定)で入団合意。背番号は123。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
2012 広島
2013
通算2年 一軍公式戦出場なし

福田信一

投手 鳴門高-青森大-ダイエー 1995年 ドラフト6位

徳島県吉野町出身。右投右打。鳴門高では1学年下の住友健人とともに2年秋に県大会ベスト4に進出した。青森大では速球派として注目されたが故障に悩まされ全国舞台での登板はなく、青森大初のプロ野球選手として入団した。背番号は56。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1996 ダイエー
1997
1998
通算3年 一軍公式戦出場なし

大貝恭史

外野手 鳴門高-NTT四国-日本ハム 1993年 ドラフト4位

徳島県徳島市出身。左投左打。鳴門高では2年春の四国大会で優勝。NTT四国では3年連続で都市対抗野球・日本選手権に出場した。入団当初の背番号は52。一軍定着がないまま2002年に現役引退。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1994 日本ハム 37 69 19 0 1 3 8 .275
1995 28 16 2 0 1 2 5 .125
1996
1997 15 4 0 0 0 0 1 .000
1998
1999 3 11 2 0 0 0 3 .182
2000
2001 6 2 0 0 0 0 0 .000
2002 4 3 0 0 0 0 0 .000
通算9年 93 105 23 0 2 5 17 .219

住友健人

内野手 鳴門高-ヤクルト 1992年 ドラフト2位

徳島県鳴門市出身。右投左打。鳴門高では1年次に1学年上の福田信一らと投手も務め、3年夏の県大会でベスト4に進出した。走攻守三拍子のそろった大型内野手として知られた。背番号は36。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1993 ヤクルト
1994
1995
1996
1997
1998
1999 6 9 0 0 0 0 3 .000
通算7年 6 9 0 0 0 0 3 .000

潮崎哲也

投手 鳴門高-松下電器-西武 1989年 ドラフト1位

徳島県鳴門市出身。右投右打。鳴門高では2年時に首脳陣の指示でサイドスローに転向し、3年夏は徳島大会・決勝まで進出したが池田高に敗れ甲子園出場はならなかった。松下電器では1年目から先発を務め、1988年の都市対抗でも活躍。同年のソウルオリンピックに19歳で日本代表として選出され、シンカーを武器に銀メダル獲得に貢献した。翌1989年の都市対抗準決勝では10回1/3を投げ抜き、野茂英雄・与田剛とともに「社会人三羽ガラス」と並び称された。契約金7,800万円、年俸840万円(金額は推定)で入団合意。背番号は16。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1990 西武 43 7 4 8 102.2 123 1.84
1991 45 10 3 5 92.1 60 4.48
1992 47 6 2 10 107.0 95 2.94
1993 53 6 3 8 83.2 64 1.18
1994 50 4 2 1 75.1 56 2.39
1995 45 5 6 12 70.1 76 1.92
1996 43 8 6 11 85.2 72 2.84
1997 27 12 7 0 174.0 108 2.90
1998 27 7 5 0 122.1 76 4.05
1999 20 5 3 0 74.1 54 4.60
2000 24 3 6 0 82.0 52 2.85
2001 21 1 0 0 36.1 29 4.46
2002 28 6 5 0 81.0 59 3.89
2003 37 1 3 0 50.0 29 4.86
2004 13 1 0 0 12.1 14 6.57
通算15年 523 82 55 55 1249.1 967 3.16

秦真司

捕手 鳴門高-法政大-ヤクルト 1984年 ドラフト2位

徳島県鳴門市出身。右投左打。鳴門高では3年次の1980年に春夏連続で甲子園に出場。春は1回戦敗退、夏は3回戦で優勝した横浜高のエース愛甲猛に完封を許す。法政大では東京六大学野球リーグで4度の優勝を経験し、ベストナイン(捕手)に2度選出。1984年のロサンゼルスオリンピックでは日本代表として金メダルを獲得した。背番号は26。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1985 ヤクルト 41 44 8 2 7 0 14 .182
1986 59 63 15 2 8 2 21 .238
1987 33 68 14 3 11 1 11 .206
1988 122 354 89 7 29 3 52 .251
1989 84 245 71 8 28 2 40 .290
1990 93 250 73 11 35 1 57 .292
1991 117 383 112 16 47 5 70 .292
1992 112 342 86 15 51 5 63 .251
1993 92 243 58 7 27 2 47 .239
1994 92 248 65 9 31 6 32 .262
1995 96 252 72 9 31 1 43 .286
1996 80 141 34 6 17 1 27 .241
1997 71 63 17 2 11 1 18 .270
1998 49 48 8 0 4 1 10 .167
1999 日本ハム 17 16 2 0 0 0 2 .125
2000 ロッテ 24 30 8 0 4 0 6 .267
通算16年 1182 2790 732 97 341 31 513 .262

川端順

投手 鳴門高-法政大-東芝-広島 1983年 ドラフト1位

徳島県松茂町出身。右投右打。鳴門高では「徳島屈指の本格派投手」と評された。法政大では2年上に住友一哉がおり、投手陣が厚かったため当初は野手として出場した。東芝では黒紙義弘・青木秀夫らと強力投手陣を形成し、1983年の都市対抗では決勝で新日本製鐵名古屋を降して優勝、日本選手権でも2勝を挙げて準優勝に貢献。同年のドラフト会議では広島とロッテから1位指名を受け、抽選で広島が交渉権を獲得した。パームボールを武器とした。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1984 広島 15 1 0 1 27.0 20 4.67
1985 45 11 7 7 162.1 109 2.72
1986 32 3 3 2 71.0 45 2.41
1987 57 10 2 2 130.1 80 2.42
1988 41 4 5 2 75.1 47 3.46
1989 30 3 1 0 55.2 34 2.75
1990 36 6 1 3 58.0 33 2.95
1991 28 5 1 1 42.0 29 2.36
1992 26 3 6 1 70.2 39 4.84
通算9年 310 46 26 19 692.1 436 3.00

住友一哉

投手 鳴門高-法政大-プリンスホテル-近鉄 1981年 ドラフト6位

徳島県鳴門市出身。右投右打。鳴門高では3年時の1975年夏の南四国大会・決勝まで進出したが土佐高に敗れ甲子園出場はならなかった。高校3年時のドラフトで阪急から1位指名されるが入団を拒否し、法政大へ進学した。法大では4年次の秋季リーグでベストナインに選出。プリンスホテルでは1980年の都市対抗で神戸製鋼を完封するなど活躍した。スライダー・カーブ・シュート・シンカーなど多彩な球種が武器。背番号は22。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1982 近鉄 4 0 0 0 6.0 2 4.50
1983 33 8 2 3 80.0 34 2.81
1984 19 0 0 2 37.2 7 6.93
1985 36 1 1 4 66.2 35 4.86
1986 18 0 0 0 26.2 22 4.39
1987 44 5 4 1 67.0 25 3.90
1988 11 1 0 0 14.0 4 4.50
1989 阪神 44 3 4 7 63.1 33 3.41
1990 19 0 0 0 20.2 7 4.79
1991 1 0 0 0 1.0 1 9.00
通算10年 229 18 11 17 383.0 170 4.18

笹本信二

捕手 鳴門高-同志社大-阪神 1974年 ドラフト3位

徳島県松茂町出身。右投左打。鳴門高では2年次の1969年に四番・捕手・主将として秋季四国大会で優勝し1970年の選抜甲子園に出場、準々決勝まで進出した。同志社大では関西六大学野球リーグで優勝4回、ベストナインに4回選出された。背番号は20。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
1975 阪神 33 23 5 0 5 0 9 .217
1976 14 13 1 0 0 1 4 .077
1977 阪急 45 32 3 1 3 4 5 .094
1978 37 19 1 0 1 0 3 .053
1979 68 113 37 2 21 4 20 .327
1980 79 129 34 7 25 6 17 .264
1981 74 127 35 2 15 5 15 .276
1982 1 0 0 0 0 0 0
巨人 22 20 4 0 1 0 5 .200
1983 30 48 12 0 2 0 5 .250
1984 39 56 10 3 7 0 12 .179
1985 20 18 3 1 2 0 3 .167
通算11年 462 598 145 16 82 20 98 .242

落合登

投手 鳴門高-四国鉄道管理局 1974年 ドラフト3位

徳島県北島町出身。右投右打。鳴門高では笹本信二とバッテリーを組み、1970年の選抜甲子園で準々決勝まで進出した。四国鉄道管理局では1974年の第1回社会人野球日本選手権大会で準決勝まで進出し優秀選手に選ばれた。同年のドラフト会議で近鉄バファローズから3位指名を受けたが入団を拒否し、社会人野球のチームに残留した。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
備考 入団拒否

渋谷幸春

投手 鳴門高-四国電力-中日 1969年 ドラフト8位

徳島県土成町(現:阿波市)出身。右投右打。鳴門高では1965年夏の甲子園県予選準決勝に進出したが海南高に敗退し甲子園出場はならなかった。四国電力から中日ドラゴンズに入団。変則的なフォームを武器とした技巧派で、巨人キラーとしても知られた。背番号は35。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1970 中日 30 9 9 130.2 62 2.54
1971 41 10 14 186.2 73 3.08
1972 32 6 5 114.1 47 3.87
1973 38 11 12 198.1 67 2.86
1974 40 5 5 0 122.1 54 4.50
1975 14 0 1 0 14.0 11 10.29
1976 日本ハム 19 1 1 0 52.0 16 4.67
通算7年 214 42 47 0 818.1 330 3.49

山口円

内野手 鳴門高 1968年 ドラフト6位

徳島県出身。鳴門高では遊撃手・控え投手として活躍し、1966年夏の甲子園に出場した。1968年のドラフト会議で東京オリオンズから6位指名を受けたが入団を拒否し、関西大へ進学した。関西大では山口高志を擁し在学中7回リーグ優勝を経験、遊撃手として活躍した。

年度 球団 試合 打数 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 打率
備考 入団拒否・関西大へ進学

板東順司

投手 鳴門高-巨人 1967年 ドラフト5位

徳島県板野町出身。右投右打。鳴門高では2年時に1年上のエースの控え投手として1966年夏の甲子園に出場し、2回戦でリリーフ登板した。1967年のドラフト5位で巨人に入団。肘の故障に苦しみ一軍での登板機会を得られないまま3年で退団し現役を引退した。退団後はプロゴルファーに転身した。背番号は51。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1968 巨人
1969
1970
通算3年 一軍公式戦出場なし

白石静生

投手 鳴門高-四国鉄道管理局-広島 1965年 ドラフト2位

徳島県上板町出身。左投左打。鳴門高では3年次の1962年に夏の甲子園県予選で2試合連続ノーヒットノーランを達成したが準決勝で敗れ甲子園出場はならなかった。四国鉄道管理局では四国電力の補強選手として2年連続都市対抗に出場し、1965年の大会は準々決勝まで進出した。縦に大きく割れるカーブと直球のコンビネーションが武器。背番号は13。

年度 球団 登板 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 奪三振 防御率
1966 広島 24 1 2 50.0 27 5.40
1967 25 5 7 98.0 59 3.77
1968 29 5 8 114.0 106 3.47
1969 42 11 13 193.1 115 3.45
1970 41 13 11 209.2 124 2.83
1971 33 8 12 146.1 89 3.58
1972 27 6 11 125.0 76 4.03
1973 26 8 7 94.2 46 3.69
1974 23 2 6 0 66.0 47 4.50
1975 阪急 23 3 8 0 94.1 36 3.83
1976 21 4 5 2 69.2 30 4.37
1977 21 7 6 0 131.0 64 3.30
1978 14 3 5 0 59.1 29 5.03
1979 20 8 5 0 125.1 57 4.18
1980 12 3 3 0 57.2 19 6.98
1981 13 6 2 0 65.2 19 2.86
1982
通算17年 394 93 111 2 1700.0 943 3.81